西式健康法

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朝食の害毒について

約36分

朝食の害毒について

                月刊原稿再掲載
ここに掲載する内容は、月刊『西式』第2巻 第7号(昭和13=1938年9月15日発行)に掲載された、昭和13年7月27日「横浜開港記念会館」で開催された西勝造先生講演会の講演録です。なお、多くの現代人にとって判読が困難と思われる旧字体、旧仮名遣いは、原文の雰囲気を損なわない程度に、現代の標準的な文字、仮名遣いに改めております。ご了承ください。
原文におけるカッコは【 】で、また今回の再掲載に当たって付けたカッコは( )で表しています。

              朝食の害毒について (第一回)          

                                西 勝造

  健康法につきましては、ご当地で何回となく講演をいたしましたが、今夕はこの「朝食の害毒について」という題目の下にしばらくの間ご清聴を煩わしたいと存じます。

すでに、朝食有害論につきましてはパンフレットもできておりますし、にわかに、私がこれを唱えている訳ではありません。このパンフレットの序論の1ページのところにも書いてございます。

「朝食は廃した方が良い」とはすでに昭和8年1月、実業之日本社から出版した『西式断食療法』の中に述べておいた。例えば18頁の終わりの「理想から言えば、朝食は廃した方が良い」あるいは111頁の11、12、13行にも「いっそのこと朝食は廃した方が良い」、「であるから朝食は廃した方が良い」、「出来ることなら朝食は廃した方が良い」、こういう風にいたるところで述べているのであります。

とくに最近これを強調いたしますが、日支事変が始まったから、私がこれを唱え始めたのではないのであります。一昨年アメリカに参りまして、各所の大学で講演いたします時にも、やはり朝食廃止論を唱えたのであります。私が初めて健康法を発表いたしましたのは、自分の年齢がちょうど日本人の平均寿命である四十四歳になりました時で、今日でちょうど丸12年になるのでありますが、とにかく、今や全国津々浦々に普及してきたということにつきましては、私としても非常に喜んでいる次第であります。

私は昨日、下関、広島、呉方面の講演を終えまして帰ってまいりましたが、昨晩もあるところでやはり講演いたしました。明晩もあり、明後晩もあるというような具合に、ほとんど連続的にあるのであります。

この私の健康法は、学問の上からこれを推して参りますと、まったく現代医学とは行き方が違っているのでございます。それでありますから、ややもすると現代医学をあたかも攻撃するがごとくに聞こえるのであります。しかしながら、今や日本は国を挙げて支那と戦っているのであります。この際において決して国内に相克(対立・矛盾する二つのものが互いに相手に勝とうと争うこと)があってはならんのであります。今夕のごときは現代医療法とは全然関係のない朝食廃止ではありますが、その間に切り離すことのできない現代医学の攻撃が、あるいはあるかもしれません。

しかし、これは学問の上から止むを得ないためで、その点はご了承願いたいのであります。しかしながら、初めての方に、直ちにこの朝食廃止を実行なさいとは申しません。半年なりあるいは三か月なり加減なさって、そうしてこれを応用していただきたい。

私は、昨日下関から帰りまして、二つ面白い実例を拾ってまいりました。私の健康法を真に信じておられる……、東京ではそういった事例が沢山ありますが、今回の旅行で初めてそういう二つの例を拾って参ったのであります。

お一人は広島のやはり西会のお世話人で、今年74歳になられる〇〇さんという方であります。私を非常に信じてくれておりますが、私はいつも顔を見るたびに「あなたは少しこういうことは慎んだ方が良い。こういうことは止めなければいかん」こう申し上げておりましたが、

「いや、先生、病気をしたって、その病気自体が療法でしょう?」、「そうです」、「それじゃあ、まあ、倒れた時に、私は療法をやることになりますから一向に差し支えない」とこういうようなことを言うわけです。まあ、一面から申しますと「盲信」であります。しかしながら、ついに6月1日に脳溢血を起こしたのであります。半身不随――世話人になられたのが今から3年くらい前であり、なにしろ70歳になって初めて西会に入られたので、別段一生懸命にやられるわけじゃない。だから、世話人というのでは、私の方にすれば危なくて仕方がない。

しかし、熱心にお世話してくださる。それで、非常に面白味のある方で「私は既に老齢74歳、倒れたからといって一向差し支えない」と言っておられたのですが、ついに半身不随、口も利けなくなったのであります。その時、近所からすぐに医者を呼んだところが、「もう年も年、こういうのを手当てしても治りませんから、いっそこれは放っとこうじゃないですか」と言われたことが、運が良かったのであります。

ただちに、先般陸軍から招聘されまして西式応用のために病院船に乗っていただいたことのある△△という方に知らせたところ、すぐに飛んで行って、西式の脳溢血に対する処置をしたのであります。それで、2日目に意識を回復しまして、それから7日間の断食をさせた。ところが、今回私どもが呉及び大竹、広島で講演いたしますのに、呉に来たり広島に行ったりして、あっちへ走りこっちへ走り、これが本当に6月1日に半身不随になって、医者から駄目だと言われた人とは思えないくらいに、まめに世話してくれたのであります。

今一例は、これも73歳になられます、秋山靑渓という二宮尊徳翁の報徳会の講師をしておられる静岡県の方で、私が『儒門空虚聚語』(じゅもんくうきょしゅうご=大塩平八郎著=仏教特有の概念とされてきた「」「虚」が仏教伝来以前の儒教の聖賢の経書に現れていることを実例を挙げて証明した書。原著は漢文)の翻訳をしていただいた方であります。

この秋山先生はご老体でありますが、やはり私を非常に信じておられる。ところが、この方は、朝から晩まで茶を煮づめにして ―― 静岡は茶の名産地でありますし、何しろ漢学の先生ですから茶を土瓶でグラグラ煮て飲む。私は申しました。「秋山さん、あなた朝から晩まで煮づめの茶を飲むと脳溢血を起こしますよ」、そう言うと、「起こしたって良い。起こした時に西式を始めたって良いでしょう」私は、「それもそうだけれども、まあまあ、地方のことでもあるし、東京ならまだ別だが」、こう申しておりました。

ところが、これまた脳溢血を起こしてしまったのであります。それから報徳会の方からずいぶんお世話しようというのを、片平という静岡の支部長がやはり世話しまして、14日間断食されました。ところが今日では、実は私も驚いたのですが、堂々と漢籍の講義をされているのであります。

それですから、西式の行き方というものは、中々研究すればするほど面白いのであります。いったい、朝食廃止については、人間はなぜ病気をするかを考えねばならないのであります。私が東京市に招かれて越して参りましたのは19年前、まる18年になりますが、その時から私の家へ出入りの医者というものは一人もいない。私一人ではない、家族も7、8人おりますが医者はいらない。少しも病気をしない。これが西式健康法の神髄であります。病気をしましても病気の観方(みかた)が違うのであります。

例えば、つい先達っても、東京のさる医学校の校長さんで何某という方がおられる。「だんだん夏が来るというと寝冷えしていかん。風邪を引いてはいかん。下痢してはいかん」というのでありますが、西式では「下痢してなければいかん。風邪をひかなければいかん」、すべて観方が反対であります。

この反対の観方がすなわち私ども18年来病気しないゆえんで、私も高貴のお邸にお出入り仰せつかっておりますが、永いお出入りのお邸ではほとんど病気なんていうものにはお罹り遊ばさない。これはもう、実に良くご実行遊ばされるためで、私としては実に恐懼にたえない(恐れ入り大いにかしこまること)次第であります。

(続く)

月刊『西式』第2巻 第7号(昭和13=1938年9月15日発行)より再録

                                       朝食の害毒について (第二回)          

                                                                                           西 勝造

そういう訳でありまして、病気するということは、まあ、早く申しますと余計なことであります。

それで下痢するということを病気と思ったら大間違い、すなわち下痢をするということは、その生体を助けんとする一つの過程であります。あなた方がもし、何か悪い菌をお呑みになる、あるいはお食べになった物で体内に菌が発生いたしまして、そうして生体を痛めようとする時に、この下痢のためにいち早く我々の生体から逃げ出してくれるのであります。この逃げてくれるということは誠に大事なことで、また逃がさなければならぬというように、我々の生体はできているのであります。

ここに一軒の家がある。表門も開いている。裏門も開いている。そこへ一人の無頼漢が警官に追われて飛び込んでくる。それっというのでもって、この家に入ったというので裏門で用意していると、無頼漢が裏門から飛び出した。その時に裏口に回っていた警官が、それを捕らえてしまうと、こういう無頼漢がこの家から出てくるくらいだから、この家の主人も同類なりとして、もしこれを拘留したならば、一体どんなものでありましょう。

我々生体は常に生きんとしているのであります。この生きんとしている生体に対しまして、コレラ菌あるいは赤痢菌のごときものが口から飛び込んだといたします。

一日一度ないし二度の便通がある方ですと、ただちにそれを排泄するのであります。その排泄した物を顕微鏡で見て、「こういう物が出たから、この家の主人はけしからん」と言って、これを引っ張って行って放り込んだとしたら、世の中にこんな理不尽なことはないのであります。

このもっとも我々の肉体に対して害をなす物は即時に出させる、ということがいわゆる西式健康法であります。

しかしながらそういうのが出て、自分だけは助かった。だからあとは、黴菌が散らかろうが差し支えない、ということを申しているのではありません。それはまた公衆衛生でもあり、公徳心というものがあり、適当に消毒してそばに散らかさないという考えを持たなければいかんのであります。

しかしながら、コレラとか赤痢、そういうことに専門家によって名が付けられたものは自分勝手にはいかないのであります。これを犯すことがあれば伝染病法違反に引っ掛かるのであります。とにかくそういうことをよく研究なすって、真に西式に精通なさるというと、世の中で病気をするというような人は、よほどの低能でなければならぬ、ということになるのであります。(笑い)

私は、もうすでに十数年にわたって、これを唱えているのでありますが、私は市役所に十数年居りまして、多額の恩給を頂戴しておりますし、全く『吞気のシャー』でもって、こういうものを研究し、そうしてこれを在職中に発表したのであります。でありますから、私は、どんなことをお教えしたとところで、私の研究をお伝えしたところで、金を取るということは絶対にない。

今日まで医者が治せるというものに手を出したことはないのでありますが、医者が手を出したものの、駄目だというのが皆私に相談する。その大部分が治っている。そうでありますから、私もかなり突っ込むのであります。

つい先だっても、下北沢の帝都電鉄のすぐ1丁半(1丁=60間=約110ⅿ)ばかりのところに大邸宅を構えていらっしゃるAという実業家の奥さんが電話をかけてこられまして、「どうぞ先生直ぐ来ていただきたい。主人が2日間まったく人事不省(意識不明)です。4人の医者から見捨てられてしまいました。先生には今から6年ばかり前に、牛込の新小川町に居る時来ていただいて、その時には急性胃カタル(胃炎)でしたが、何か先生が手と足を引っ張って、背中をポンと叩いたら主人の痛みはすぐ治まってしまった。あの手をひとつ先生……」「いやお断りします。私は6年前頃には参りましたが、今日参りますというとお宅様のお出入りの医者は用がなくなってしまう。私はそういう敵は持ちたくない。どうかお許し……」こうお断りいたしました。

そうしたら、今度はどういうご関係でしたか、さる高貴の御方様の御口をもって、「気の毒だが人助けと思って、このAという人のところへ行ってやってもらいたい」こういうやんごとなきお方様のお言葉でございます。私は拒みがたくその仕度をしていると、間もなくT公爵家からも、「どうぞ気の毒だが行ってやってもらいたい」という電話があった。「只今も高貴の方のお言葉がありましたので参ることにいたします」と御返事をいたしましたが、すでに玄関に自動車が来ております。

それから、ちょうど下北沢のA家へ駆けつけました。そういたしますと人事不省、病名は狭心症、動脈硬化症― 虚空をつかんで身体は硬直しておったのであります。そこで私は奥さんや娘さんたちを指導いたしまして、その手をすぐに西式の六大法則の第四番目にあります『毛管運動』をやらせました。その運動を与えまして、「蒲団をはぐってご覧なさい。右の足は自由自在だけれども、左の足は硬直しているから……」見るというと左の足はピンと硬直している。

「その硬直を緩めるというとご主人は助かります」と言って左の足を一尺(約30cm)ばかり挙げまして一尺ばかり開く、そうして心臓運転というのをいたします。なかなか曲げようとしても硬直しておりますが、それを一生懸命に少しずつ……、そこは技術であります。

だんだんやっておりますというと、だんだん鎮まりまして、ついに普通の呼吸になったのであります。その時に、「今から五分ばかり経ってご覧なさい。また始まりますよ。」と言って、やがて五分ばかり経ちますと、また七転八倒、また操作いたしますと治まる。今度は七分ばかりするとまた始まる。そうして一分、二分しますと治まる。

「これを明日の十時頃までなさればご主人は助かりますから、気長く明日の朝まで発作が起こったら左の足を運転すればよろしい」とお話ししました。左の足というものは、あなた方解剖学をご存じでないとお解りにはならないかもしれませんが、最近わが国と非常に親交を結んでおりますイタリーの電気の書物に書いてありますが「左ぎっちょの人は電気技師となるべからず」とあります。

例えば、額に一つの高圧の電撃を受けました場合、左の足に抜けますと、たとえ左のかかとに小指のつま先くらいの傷ができた程度でも死んでしまうのであります。右の足に抜けた時には、半分足を持っていかれても決して死なないのであります。要するに右の足というものは静脈系等を司っているのであります。

心臓には室が四つありまして、右心房が右手、右心室が右の足、左心房は左の手、左心室が左の足になっております。そして狭心症と動脈硬化症は左の足が突っ張っている。ですから、この足を治すことによって、その方はだんだん鎮まってきたのであります。それからお暇したいと言ったところが、それは困るからというので、東京の西会に電話を掛けまして、これを心得ている婦人がおりますから、「早速行ってやってくれ。今晩はあなたのお宅の方に電話を掛けて、今晩泊まり込みの了解を得るから」こう申しまして、なお、「ちょっと待って……、もしあなたが居る間に医者が来て、注射の道具を出したら逃げて帰りなさい。しかし、経験のために人間が殺されていく模様を見たければ居ても良かろう」こう電話しておきました。

(続く)

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

月刊『西式』第2巻 第7号(昭和13=1938年9月15日発行)より再録

                                朝食の害毒について (第三回)          

                                                                      西 勝造

やがて夜が明けました。十時半になりますと、「不思議なことに、死亡通知がもう来なければならんのに、トンと沙汰がないから、どこかほかのお医者に掛かったかな」と言って、医学博士何の某かがAさんのところに行ったのであります。

「やあ先生、お陰様でもって、とにかくもうよろしいのです。すっかり落ち着きました」「それでは、お見舞い申し上げる」病室に通るというと、「これならブドウ糖の注射ができる」、こう言ったそうです。「それは先生お待ちください。注射はいけないそうです」、「いけるもいけないもない」、「実は昨日西先生に来ていただきました」「いや、西先生は昨日の状態は知っているが今の状態を知っているわけがない」「とにかく電話で伺ってみます」、そういったやり取りがあって、私の方に電話がありました。

それから私は、「あぁそうですか、それでは今日、午後1時にお伺いする約束をしましたが取り消しますから、悪しからず」、「なぜ取り消すのですか?」、「ご主人は死にますから私は用がない」(笑い)「ちょっと先生お待ちください。ご主人が死ぬって、いったいどこの話ですか」、「あなたのご主人が死ぬ。今そこにいる婦人に聞いてごらんなさい」、「いやお待ちください」

それからその婦人に聞くというと、初めは遠慮して言わなかったが、「実は西先生が、医者が注射器を出したらすぐに逃げて帰れ……しかしその……また、参考にもなるからそこを見てこい」(笑い)「何が参考です?」「人間が死んでいく模様を参考に見たらよかろう」、「それで、西先生は注射すると死ぬとおっしゃったのですか?」、「はい、ハッキリそう聴いてきました」。

それから医者の所へ来て、「ちょっと、先生……」大邸宅ですから部屋がいっぱいある。お医者を連れてきて、「西先生は注射すると死ぬとおっしゃっている」医者がそれに答えて、「それは、西さんが昨日の状態を見ているからで、医者というものはその時々を見るんだから、西さんは昨日の状態を知って、今の状態を知らぬ」と言われると、奥さんは女の人です。

「そう言われるとそうですね。いくら神様でも昨日着て今の状態は解らない」。また、私に電話が掛かってきましたから、「いや、何とおっしゃっても私はお断りします。行く必要はありません。あなたがお医者にお頼みなさることについてはご自由の意志です。しかし、奥さんちょっとお待ちください。私が参りましたのは、私が行ったのではありませんよ。畏れ多くも高貴なお方様の直接のお言葉があったから参りました。ただの私個人が行ったとお考えになると、ことを間違えます。医者から駄目だと見放されて私を呼んだのではありませんか。そこを良く心得てください。T公爵の方をも動かした、華族でも私は動かない。しかし、日本人として高貴のお言葉にそむく訳にはいかないから参ったのですぞ」こう申しました。

ところが、もう一度お医者に相談いたしますと、「いや、今まで西さんを批判したことは一切取り消したい。」さすがは日本人です。「だが、一本やっても死なない」まだ言っている。(笑い)そうして議論が始まったのですが、結局一本や二本では死なないことを断言された。

また、電話が掛かりました。私、つくづく弱りましたけれども、まあまあこれも運命です。しかし、死なないということをお医者に保証させて注射をなさい、と最後の言葉をきっかけに電話を切りました。そうすると、やがて注射器を取り出したのだそうです。一本終わるか終わらんかという時に、手足が痙攣して顎を二回しゃくったかと思うと、ついに死んでしまいました。もちろん顔色は蒼白となり、唇は土色と化した。

医者が言ったそうです。「奥さん、心臓が止まってしまった。もう如何にしても仕方がない」(笑い)。このただ一言であったのであります。

これが最近の出来事、私はこういう場面に幾度も出くわしております。某侯爵を初め幾多の実例にぶつかっております。あらゆる官憲の弾圧を受けました。しかしながら、今日は私の行くところとして、ほとんど現代医学者は私に降服してきているのであります。

これは日支事変(1931年~=昭和6年~)の始まりました頃の話ではありますが、私は年百年中(「年がら年中」、「一年中」と同義)講演しておりますから、日支事変が始まろうが始まるまいが、こういった講演会は私の使命、天職と考えております。

そこで、一体人間は何故病気するか、何故動脈硬化症を起こし、狭心症を起こすか、何故がんができるか。

厚生省から最近出版された村田博士の統計を見ましても。40歳から50歳で第一位に死ぬのは結核となっております。50歳以上で第一位に死ぬのは全て脳溢血となっております。第二位ががん、第三位腎臓炎、第五位までの統計が明らかにされておりますが、とにかく、脳溢血が第一位、第二位ががん、第三位が腎臓病、こうなっております。

それから、愛四位、第五位と、全体で七つの病気になっておりますが、私の批判するところによりますと、これ等はいずれも非業の最後であります。さて、しからば我々はどうしてがんができ、どうして脳溢血になるか。これをまずお話しなければならないのであります。

皆さんが毎日毎日摂っていらっしゃる、食物、この食物というものに対しまして、例えば大根、人参、ゴボウ、ホウレン草等の野菜類の水分を蒸発させてしまって、これを百グラムルツボで焼くのであります。そういたしますと、灰が残りますが、これを顕微鏡で見まするというと、膨張する灰分と膨張しない灰分、この二つを見ることができるのでありますが、膨張性の灰分の方が多い。

百分率で申しますと六割、七割というように多い。これを称して私どもではアルカリ性と名を付けております。

それから収縮性、つまり膨張しない方の灰分の残るのは肉類、あるいは米、麦、粟、これらは酸性の食品と申しまして、この方を過剰に摂っていらっしゃると膨張しない灰分が筋肉に残りますために、われわれの筋肉は硬くなっていく。これが動脈硬化症となるのであります。

それは食物の方の話でありますが、しかし、食物だけで研究したところではそれは当たらないのであります。何となれば、朝非常に早く起きて、冷水摩擦をするということも、やはり酸性の物質が我々の体に残るからであります。それから、体操を盛んにやるというと、やはり酸性の物質が残りますし、また会社、あるいは銀行、役所、商店に勤めていらっしゃる方が、もう出てくるが早いか部下にガンガン怒りずめでいるということが、やはり我々の筋肉の酸性物質を過剰にしていくのであります。

だから、朝早く起きて冷水摩擦をして、いろいろ筋肉運動をやって、そうしてガンガン怒る。家へ帰って苦虫を噛み潰したような顔、これは脳溢血になるのであります。(笑い)

それで、食物だけは酸性とアルカリ性の両方をうまく食べ合わせれば中和するのであります。また反対にニコニコ笑っている、何が嬉しいのかニヤニヤしている変な男がいる。あるいは懐に小遣いを持って温泉に行ってゴロゴロ寝ているというのは、全て体内にアルカリ性の物質が過剰になる。そこで、がんができる。

だから、脳溢血、がんになる人は平生の心がけで判る。一見してあなたは脳溢血、あなたはがん、あなたは腎臓炎、ちゃんと顔に書いてある。(笑い)また、それが判らないようでは、いやしくも健康法を論ずるということは出来ないのであります。

とにかく、我々はいろいろなことから酸とアルカリを中和しなければいけない。

(続く)

月刊『西式』第2巻 第7号(昭和13=1938年9月15日発行)より再録

                                 朝食の害毒について (第四回)          

                                                               西 勝造

これは農芸化学の方でもそうでありまして、あの土壌はアルカリ性だから酸性の肥料を持って行かなくてはいかぬ、酸性の土壌にはアルカリ性の肥料を施さなければならぬ。これは農芸化学の真髄であります。

中庸という支那の立派な書物に書いてあります。「中ハ天下ノ正道ニシテ庸ハ天下の定理ナリ、……中和ヲ致シテ天地位シ萬物育ス」万物の成長するということは、この酸とアルカリが中和するからで、これがなければすくすくと育つことができないのであります。さっき申し上げたように茶を1時間以上煮出しますと……、番茶は薬だと言ってグラグラ煮出す人がありますが、その煮だした汁を分析しますと、タンニン酸という物質が溶解している。それを飲んでいるというと、結局筋肉の間にタンニン酸を過剰にしてしまって、終いには酸性過剰となって動脈硬化症、脳溢血を起こす、といったようにちゃんと筋道は判っているのであります。

そこで英国のことを申すと叱られるかもしれませんが、学問に国境なし、かしこくも、明治天皇陛下の五か条の御誓文の中にも「広ク知識ヲ世界ニ求メ」と御仰せになっております。

知識を求めることは構わない。たとえ敵国であろうが、その学問を応用することはよろしいのでありますから……この英国のヘーグという人が万病尿酸説を立てました。この尿酸というものはどういうものかと申しますと、私共の小便は1日1リットルから2リットル出ますが、その中に尿酸というものが、多い方ですと1.5グラムから、少ない方で4分の3グラム溶けております。ところが、私どもが実験においては1グラムの尿酸を溶かすのに、水が15リットルも要るのであります。

しかるに、口を通じて水を飲みますと、1リットル半くらいでもって尿酸1グラムを完全に溶かしてしまうのであります。実に自然の妙というものは不可思議千万であります。ところが我々の身体に水分が欠乏いたしますと尿酸が方々に引っ掛かる。

 ヘーグはこれにコレミーという名を付けたのであります。また我々が四十手(肩)、五十手(肩)、関節炎、痛風という病気になった場合、そこの血液を採って試験すると尿酸が出て来る。「四十手、五十手で挙がらんじゃないか、これ見い」という訳じゃありませんが(笑い)痛くて仕方がない。その関節に溜まったのが関節炎やリウマチス、このリウマチス【Reumatismus】(このスペリングはルーマニア語)という言葉のReというのは流れる、流転というのと同じで、maというのは魔物の魔、または毒ということです。tismus というのは学問の名前になる。

昨日ここが痛かったかと思うと、毒が流れてこっちが痛いというので、昔の人が名前を付けたのであります。わたしども土木の技師ですから、流量計というものを使います。川の流れを計る機械でありますが、これをレオメーター【Reometre】と言います。レ(Re) というのは「流れる」の意味ですから、そのメーターです。― まあ、あちらこちらに流れるので、昔は原因が判らなかったから、そういう名前を付けたようです。

一体、リウマチだ、痛風でござる、痛いのが治らん、なんて言うのはよほどの低能であります。(笑い)私の方ではよく原因が判っている。

ですから、その尿酸を流してしまえば良い。自然というものは尿酸を流すために、そこへ熱を与える。ところがなかなか、庇(ひさし)を貸して母屋を取られるということになって、……よく私のところへ強請(ゆすり)が来て仕方がない。私に六尺豊かの知人がありまして、その男に「二、三日僕のところに来てくれ」と言って頼んだ。そうして玄関にその男がのっそり出て行くと皆逃げてしまう。そうすると、「今日は15人追っ払ったから1人十文として1割寄こせ」そういうことになる。初めは便利でしたが、後にはたいへんなこっちの厄介者になってしまった。

で、最初リウマチスというものも、尿酸を溶かさんがために熱を与えて膨らしますが、それが原因となって関節が腫れて治り難い。西式ではどうして直すかと言いますと、そういう場合には七掛けの温冷湿布、これは西会へお入りになった方は皆知っていらっしゃるが、どうするかと申しますと、まず手首であります。

洗面器を二つ並べて、これに湯と水を入れまして、湯は42度、水は氷でも入れて14度くらいにしまして、湯に7分漬けて、その七掛けですから水に5分、また湯に5分、その七掛けで水3分半、湯3分半に水2分半、湯に2分半、水1分半、湯に1分半、水1分、最後は1分、1分ととこうなってくる。そうすると痛みは取れる。それで尿酸だけはチャンと流れるのであります。

そういうことを知っておりますというと、世の中に通風とか神経痛というものでもって、ゴチャゴチャ言っている人の低能の顔つきがハッキリ解るのであります。(笑い)

世の中にこれ位憐(あわ)れなものはない。私ども病気をいたしましても、アメリカあたりの医者に掛かると……日本の医者は別物ですが……恐ろしいのであります。

とにかく、18年来東京に居ります私どもの家では出入りの医者は居ない。下痢することは、こよなき喜び、熱が出れば祝杯を挙げるのであります。(笑い)

ですから医師組合でどのような決議をしようが、まあそれはロシアかフランスの医者でしょうが、「西のところで病気をしても我々は行かぬ」と、いくら組合で相談してもこっちは頼まない。来てもらう必要がない。それは健康法というものに対して精通しているからであります。

(続く)

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

月刊『西式』第2巻 第8号(昭和13=1938年10月15日発行)より再録

                                              朝食の害毒について (第五)          

                                                                          西 勝造

そこで、この尿酸の原因は何かと言うと、私どもの朝飯であります。朝食を抜いて昼食と夕食をお食べになった尿を検査します。その検査方法については、私が素人として申し上げるよりも、これはフランスの有名なスーリエという人、この人は一級薬剤師で、日本で言うと薬学博士ですが、この方の書きました『毒素について』という書物があります。その8頁から9頁にわたって書いております「我々人間は食物の関係、運動の関係あるいは中毒のためいろいろの病気を起こす。そうすると必ず尿の中に毒素が出てくる。尿を試験すると体内に起こった毒素が出たか出ないか、ということがよく判る」。こういうことを述べているのであります。

そうして、どういうもので尿を試験するかと申しますと、錯酸(さんさん)イオジン(錯酸ヨードということになるが、酢酸の誤植の可能性が高い。誤植であるとすれば「ヨード酢酸」)という薬を使うのであります。これを薬屋で三銭か五銭お求めになって、試験なさるとよろしうございます。しかしながら、尿の試験というものを私共の『西式』とか専門の雑誌に出すわけにはいきませんから、最近は、そういうものの印刷物を作ることにいたしたいと思っています。ご希望の方がありましたら、会員の方には無論お送りいたしますが、会員以外でご希望の方にもお送りいたします。—— そこで尿の試験をいたしますと、朝食を抜いて昼と夕飯を食べて尿に出た毒素を100としますと、三食食べると75しか出ないのであります。二割五分は行方不明、それはすなわち、筋肉その他の組織内にだんだん蓄積していくのであります。

もし、朝と昼をお食べなさると毒素は62パーセントしか出てきません。それから朝食べて、昼食を抜きますと66パーセントしか出ません。

それから三時半から四時の間に、一回だけお食べになると、127パーセントという割合で毒素が出るのであります。ですから、この一日一食というのが一番理想的であります。「しからば、食う楽しみが無くなってしまう」とくるかもしれませんが、食うのが楽しみの間は、人間は駄目、食わない楽しみができるようにならなければならない。これが一番愉快です。しかしながら、私どもも一食をやってみましたが、どうも人間扱いをしてもらえません。

「さあ、晩餐会ですがあなたは出ない?(食事は)三時半?じゃあ、会費は半分にするが、出てもらわなくては困る。でもお膳は出しませんよ」。それじゃあ、晩餐会にも出られなければ、昼飯にも出られないということになりますから、あえてそこまで極端なことは申しません。しかしながら、一番毒素が出ますのが三時から四時までの一食であります。最近、英国の医者でウイーバーの書いた『人間の健康』という書物がありますが、この15頁のところにこういうことが書いてある。「正午前には食事を摂らない方が良い。多くとも二回の食事で満足すること、太陽が頂点に達するまでの朝の時間は余剰物質、尿大便その他の排泄物を有機組織体から取り除くのに、最も適切な時刻である。もしも朝食を摂ると尿中には何ら排泄の痕跡を見出すことはできない。朝食は単に習慣の問題に過ぎないのであって、諸子がいったんこの習慣を破ってさえしまえば、決して戻ってくることはない。という訳は、朝の空腹は自然的空腹ではないからである。この改良だけでも諸君の生命は、幾年かを増加することができるであろう」と書いてあります。

あるいはまた、最近アメリカで出版せられました、デウエー【Dr.Dewey】という博士の『朝食廃止案と断食療法』という書物、朝食廃止案は116頁にわたって書いてあります。それから後は断食療法。まず自分の学歴から医者を開業したことから書いてあります。

そうして「とにかく、朝飯を食うと患者はなかなか治らぬ。朝飯を止めさせなければ治らぬ。結局において断食療法でなければ総て治らぬ」。人間というものは病気になって食欲が減るということは、それは食うなということです。

それですから、私ども幾多の経験を今までしておりますが、このデウエー博士の第五章においては「医者自身よ、健康になれ」「医者が蒼い顔したり、ドス黒い顔、痩せこけたりしていて、それで病人の病気を治すという、天下にこのくらい愚劣なことはない。一体、道徳心のない者が道徳を説いて何になる。自分が完全に道徳を備えてこそ、人に道徳を教える資格がある。自分が病人面して人の病気を治すというくらい馬鹿な話はない。自分がガン、脳溢血、風邪を引いたり、家族を病気にするにいたっては詐欺である。そういうのは医者じゃない」こう書いてあります。

まあ、随分デウエーという人も極端に書いておりますが、要するに先生は朝食廃止論者です。この朝食廃止ということを主張してから、私ども二十年近くになりますが、第一、先ほど工藤閣下(軍の将官と思われます)がおっしゃったように、今や国民こぞって手元に置いてる箪笥預金を出せ、それでも、これはいくら出せ出せと言ったところで私どもの考えでは五十億、六十億とはならないだろうと思うのです。まあ、せいぜい吐き出してもそれ以下じゃないかと思います。

ところが、この朝食をひと度止めまするというと、これは内務省の計算では三銭から二十八銭、おれは五十銭は食ってる、なんて人もありましょうが……(笑い)、また三銭というのは、まあ、おっ母さんがまだ乳を飲ませている子供なら三銭位でしょう。三銭が十何万人、三銭五厘が何人、四銭、五銭が何人、こういった数を予想いたしまして、平均の朝飯代というものは実費七銭七厘となっているのであります。

この七銭七厘に365を掛けて、九千万の数を掛けてみれば一年で25億円という数が出てくる。ご承知のように戦闘機は今、まあ、爆撃機と兼務したのが一台約25万円かかる。そうしてみると、国民全体がこの無用の長物なる朝飯をおやめになるというと、1万台の飛行機が買える。

日支事変が始まって約一年、1,000台の向こうの飛行機を落としたそうですが、国民が一年朝飯を倹約すると1万台飛行機ができる。何台来たって朝飯前(笑い)。これは随分高貴の御方様におかせられましても、私の説明によって朝食を御廃止遊ばされました。朝飯をお食べなさるということは、御自分で火葬場の方向へ接近するようなものです。

(続く)

                                    月刊『西式』第2巻 第8号(昭和13=1938年10月15日発行)より再録

                                                   朝食の害毒について (第六)          

                                                                                  西 勝造

この間も、ある貴族院議員男爵のお父様が、耳鳴りがしていかんとしきりに訴えられる。私は申しました。「貴方のように不自由のない方は、まあ有名な耳鼻咽喉科の医者にお掛かりなさい。そうしていけなかったら私の方へいらっしゃい」こう申しました。そうしたところ、ほぼ六か月余りご縁がありません。そのうちヒョッコリやって来て、「方々の耳鼻科へ行ってやったが、結局いよいよ遠くなってきた(笑い)……、私の方では耳鳴りが起こると楽しめと言う、大変な違いです。さりとて、あなた方にただちに、耳鳴りする御方に喜べとは申さない。西式健康法をなさらなければいかん。

私はお湯に入りますときに、必ずいかなる寒中といえども、まずいきなり水風呂に1分間入る。次に湯に1分、水に1分、湯に1分、水、湯、水で上がる。私の皮膚は生理学者が試験するというと十八歳から……実は五十五歳ですが、十八歳から二十二歳の皮膚なのだそうです。

これは、その水に入ってからお湯、というのを20年やっているからです。それじゃ、二十歳の人がやったら赤ん坊……(笑い)、そんなことはありませんが、京都の弁護士会の会長をしておられました方が、今から四、五年前、水風呂が出来たから先生に初風呂をしていただきたい、と言って、私の来るのを待っていたというのです。

すっかり用意ができて、1月10日のことでしたが、行ってみるというと水の中には大きな氷が入っている。こんなことを私は申しているのではないのですが、言い出した情けなさ、どうにも仕方がない。我慢して入りましたが、へそから染みわたる程効き目がありました。(笑い)ところが方々から書生がのぞいている。(笑い)「そんなとこからのぞくやつがあるか」、「先生は本当に水の中に入っている」そんな声が聞こえる。

砂時計がありまして、1分経たなければ砂が出きらない。……まあそこのところはいかに水であると申しても15度以下はいけません。ただ今の水道は22度くらいです。あまり気持ちが良すぎても仕方ない。それから、水にばかり入るということは、我々の筋肉の中の酸性の物質を過剰にする。

それから、多度津では九十四歳のお婆さんが40年間リウマチス、そのお婆さんのお孫さんが私の講演を聴いて、風呂場に水風呂を造った。そうすると親父さんが大阪から帰って、「なんだ、西式の講演を聴いてこんなものを作る奴があるか」と言ってバラバラに壊した。お孫さんが行ってまた造る。親子で造っては壊し、している。

そのうちに九十四歳のお婆さんが、「そうお前たちのようにケンカしてはいけない。とにかく、そういうことでリウマチが治るというなら、わしは明日死んでも良い。自分をまず入れてくれ」と言って、それが冬の12月です。

寒い時分ですから、「湯の方は慣れているから湯の方へまず入れてくれ。もう好かろうと言うのでもって「水へ入れてくれ」、そうするとお婆さんブルブル震え出した。「寒いから湯に入れてくれ」、そうすると元来リウマチになって40年間も寝ているお婆さんですから、今度は苦しくて、暖かすぎて仕方がない。やはり水が良い。

そうして1週間ばかりやっているうちに、とうとう歩けるようになってしまった。すると、35年間、やはりリウマチで苦しんでいたお婆さんが、またそれを聞いてやった。とうとう四国の有名な八十八か所を、九十二歳と九十四歳のお婆さん、片方は40年、片方は35年のリウマチが治って、杖をついて歩いたというのです。いかに温冷浴というものが、リウマチに対してどんなものであるかということが判ります。

しかしながら、申し上げておかなければならないのは、あなた方、今晩でもお風呂にいらしていきなり頭から水をかぶるようなことをしてはいけません。お湯には足から入るんですから、水も足から掛けなくてはいけません。慣れないことでありますから、三十歳未満の人はよろしうございますが、三十歳以上の人は、銭湯でひっくり返ることがあるかも知れない。それも療法ですから差し支えないのですが、悪いところを打ったりしては面倒ですから、今晩は足先だけ漬けて、明日の晩は膝まで、明後日からは膝から上へ及ぶように稽古して、1週間くらいで全身に及ぶようにしていただきまして、急激な変化はいけません。

そこで、朝食をお止めになると、まず第一に尿酸が溜まらない。……私は英文の「西式健康法」というものを書きました。邦訳版もありますが、その中に載せた病気の原因として、今日の医者に判っているのが62ある。その62を全部挙げておきましたが、第一に『尿酸説』、それから三田村という先生が岡山医大で3年間、嗜眠性脳炎(しみんせいのうえん=流行性脳炎の一種。エコノモ脳炎とも呼ばれる。今日では非常に症例が少ない)の研究をなすって、「その原因は蚊だ」と発表された。その後大阪で嗜眠性脳炎が流行ったときに先生に聞いたら「蚊だ」と言われる。「だって冬は蚊が一匹もおりません」、「前年の残りだ」去年の残りだと言っても、蚊は冬を越すと居なくなる。

とにかく、学者というものは言い出したら後へ引かない。これは大阪で本年1月公開講演をいたしました際、元代議士をなすった日野國明という先生が、この方は大阪支部のお世話人でありますが、この方のお孫さんが嗜眠性脳炎に罹られたので、私に電話で手当法をお訊ねになりました。

「それは寝放題に寝かしたら良い。部屋の空気の流通をつけて、筆か何かで口と肛門を濡らしておく。と言っても同じ物で濡らしてはいけませんよ。(笑い)慌てると間違いますから別々の物で、そうして浣腸をやって、少し部屋を暖めて、寒かったら身体のぐるりに湯タンポでも入れて温めてやると水が飲める。そうすると治ります」と申しました。

お母さんがお医者の家から来ていらして、反対を受けるということでありましたが、それできれいに治ってしまった。

それですから、私の行き方というものは現行医学とは違っている。それで、いろいろ弾圧を受けるのは当然であります。

(続く)

月刊『西式』第2巻 第8号(昭和13=1938年10月15日発行)より再録

                                          朝食の害毒について (第七)          

                                                                    西 勝造

実は、恥を申すようですが、私の倅(せがれ)が昨年末の二十九日に40度の熱を出した。それはいろいろ統計表を作らせるために、スチームの切れた二階で三日ばかり夜遅くまでやらせた。それで、40度の熱を出した。一月七日の結婚式を控えて倅は「お父さん、熱が40度も出ちゃった。七日の結婚式を延期してくれ」「馬鹿言うな、延期はできん。俺が治してやる。治すについてはどうだ、今日は二十九日、今晩から明日にかけて一遍に40度の熱を取ってしまうか。そうすれば無熱で一月二日まで寝なくてはならん。どうもこれは凡人にはできない。悟りをよほど開いた人でなければできない。それより、なし崩しに一月二日まで掛かって熱を下げて、三日は1日寝る。これは癖がついているから寝られる。

四日は床屋へ行って、五日は朝10時から晩10時迄頃まで散歩してこい。六日は会社に出て七日は結婚式だ。どっちが良いかお母さんに相談して決めろ」こう申しました。すると、「お父さんは、棚から何か物を取るような気になって、俺の病気を今日から明日にかけて熱を取って無熱で四日間寝るか、なし崩しにして1日静養して、四日の晩床屋へ行って……、お母さんどうしよう?」

「それはお父さんの言うとおりにすれば治る。だからなし崩しの方にしたら良い」(笑い)これはいかなる高貴の御方様といえども、お風邪をお召しになりますと「今回は2日にいたしましょうか、4日にいたしましょうか、ご都合もございましょうから、お承り致しとうございます」、「それでは3日の方にしてもらいたい」こういう訳でありまして、御病気なすった方の注文に応じられないのはインチキ医者であります。

私は病気をしないことを主張しているのでございますから、朝飯をお食べにならんほど早く治ります。そこでまあ、倅の例をひとつご参考に供しますが、二十九日が40度、これは足湯というものをいたします。まず休みまして、熱があるのに歩くということは良くありません。熱が出るということは酸性過剰だから、安静にするということは血液の中のリン酸塩、硫酸塩、塩酸塩、こういう塩類をしてアルカリ化せしめる。アルカリ性にして熱を出したということは、インフルエンザ菌(ヒトインフルエンザウイルスの発見は1933年であるが、それまでインフルエンザも細菌性と思われていたため、こう表現されていると思われます)、結核菌というものを退治する。ですから解熱剤を飲人ませるのはインチキだ、こういうことを申しますから弾圧を受ける。解熱をしてはいけないのであります。自然がアルカリを出すということがすなわち熱発です。お湯に入られると膨らむのですからアルカリで、水に入れば縮むのですから酸性、お湯にお入りなすって三助なんていうものを使うということは愚の骨頂です。

水で縮めて湯で膨らす、ですから湯と水に交互に入れば垢が自然と落ちる。つまり三助無用論です。そうなると三助は怒るかもしれない。西式はあらゆる方面に敵がある。それからちっともお湯が汚れない、水ばかり汚れる。これは水に垢を落とすからです。

ですから、そういうのをお宅でお造りくださいまして、この温冷浴というものを実行していただきたい。場所は要りません。何かの台の上に乗っかって中に入る、そういうものをお考えなされば極めて簡単にできます。

そもそも、風邪を引くということは足が冷たくなったからであります。ですから、風邪を引いた場合は、枕をしまして、寒気のしないように毛布を着まして、足の膝から下をバケツに入れてしまう。バケツの湯は40度の温度にいたしまして、41度、42度、43度と5分毎に湯の温度を上げていく、合計20分間漬けますというと、最後の5分間で汗をジックりかきます。あとから、15度くらいの水の中に1分から2分くらい漬けます。この水に漬けるということが大切です。

私はどんなお方から電話が掛かってきても「最後は水です」と申し上げております。「ゾクゾクして仕方がない」と言われる方がいますが、そのゾクゾクを楽しむ。それが残敵つまり残りの黴菌を追い出すことになる。既にゾクゾクしたから風邪を引いたんじゃない、黴菌がいるからゾクゾクするのです。そこが現行医学と総て行き方が違うということであります。

そこで倅の方はどうなったかというと、晩の11時にこの足湯を一遍やりました。翌日は朝のうち37度になりまして、午後になると39度、それから三十日の11時頃足湯をもう一遍いたしますと、三十一日の朝は36度5分、午後になると38度になる。晩の11時に足湯、一日の朝は36度3分、午後は37度になる。二日になると36度3分、午後は36度6分、全く無熱になりましたから、三日は静養させまして、四日は床屋へ行かせました。五日は午前10時から晩の10時迄歩かせました。

「結婚するんだから、方々歩いてこい」歩くということをしなければ結婚できない。自動車の後輪は我々の後ろ足に匹敵する。後ろ足が丈夫でないと自動車は走ることができない。ですから後ろ足の稽古のために歩く。結婚という重大問題をひかえて歩かなければならぬ。

とうとう晩の10時に帰ってきた。「こんな良い気持ちはない」と言っている。そうして翌日は会社に行った。ですから、最初延期してくれ申しましたが、とにかく七日に予定通り結婚式を行って、晩に箱根へ送りつけるという風に……、お手のものであります。

(続く)

 

 

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