西式健康法

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朝食の害毒について

約12分

朝食の害毒について

                月刊原稿再掲載
ここに掲載する内容は、月刊『西式』第2巻 第7号(昭和13=1938年9月15日発行)に掲載された、昭和13年7月27日「横浜開港記念会館」で開催された西勝造先生講演会の講演録です。なお、多くの現代人にとって判読が困難と思われる旧字体、旧仮名遣いは、原文の雰囲気を損なわない程度に、現代の標準的な文字、仮名遣いに改めております。ご了承ください。
原文におけるカッコは【 】で、また今回の再掲載に当たって付けたカッコは( )で表しています。

              朝食の害毒について (第一回)          

                                西 勝造

  健康法につきましては、ご当地で何回となく講演をいたしましたが、今夕はこの「朝食の害毒について」という題目の下にしばらくの間ご清聴を煩わしたいと存じます。

すでに、朝食有害論につきましてはパンフレットもできておりますし、にわかに、私がこれを唱えている訳ではありません。このパンフレットの序論の1ページのところにも書いてございます。

「朝食は廃した方が良い」とはすでに昭和8年1月、実業之日本社から出版した『西式断食療法』の中に述べておいた。例えば18頁の終わりの「理想から言えば、朝食は廃した方が良い」あるいは111頁の11、12、13行にも「いっそのこと朝食は廃した方が良い」、「であるから朝食は廃した方が良い」、「出来ることなら朝食は廃した方が良い」、こういう風にいたるところで述べているのであります。

とくに最近これを強調いたしますが、日支事変が始まったから、私がこれを唱え始めたのではないのであります。一昨年アメリカに参りまして、各所の大学で講演いたします時にも、やはり朝食廃止論を唱えたのであります。私が初めて健康法を発表いたしましたのは、自分の年齢がちょうど日本人の平均寿命である四十四歳になりました時で、今日でちょうど丸12年になるのでありますが、とにかく、今や全国津々浦々に普及してきたということにつきましては、私としても非常に喜んでいる次第であります。

私は昨日、下関、広島、呉方面の講演を終えまして帰ってまいりましたが、昨晩もあるところでやはり講演いたしました。明晩もあり、明後晩もあるというような具合に、ほとんど連続的にあるのであります。

この私の健康法は、学問の上からこれを推して参りますと、まったく現代医学とは行き方が違っているのでございます。それでありますから、ややもすると現代医学をあたかも攻撃するがごとくに聞こえるのであります。しかしながら、今や日本は国を挙げて支那と戦っているのであります。この際において決して国内に相克(対立・矛盾する二つのものが互いに相手に勝とうと争うこと)があってはならんのであります。今夕のごときは現代医療法とは全然関係のない朝食廃止ではありますが、その間に切り離すことのできない現代医学の攻撃が、あるいはあるかもしれません。

しかし、これは学問の上から止むを得ないためで、その点はご了承願いたいのであります。しかしながら、初めての方に、直ちにこの朝食廃止を実行なさいとは申しません。半年なりあるいは三か月なり加減なさって、そうしてこれを応用していただきたい。

私は、昨日下関から帰りまして、二つ面白い実例を拾ってまいりました。私の健康法を真に信じておられる……、東京ではそういった事例が沢山ありますが、今回の旅行で初めてそういう二つの例を拾って参ったのであります。

お一人は広島のやはり西会のお世話人で、今年74歳になられる〇〇さんという方であります。私を非常に信じてくれておりますが、私はいつも顔を見るたびに「あなたは少しこういうことは慎んだ方が良い。こういうことは止めなければいかん」こう申し上げておりましたが、

「いや、先生、病気をしたって、その病気自体が療法でしょう?」、「そうです」、「それじゃあ、まあ、倒れた時に、私は療法をやることになりますから一向に差し支えない」とこういうようなことを言うわけです。まあ、一面から申しますと「盲信」であります。しかしながら、ついに6月1日に脳溢血を起こしたのであります。半身不随――世話人になられたのが今から3年くらい前であり、なにしろ70歳になって初めて西会に入られたので、別段一生懸命にやられるわけじゃない。だから、世話人というのでは、私の方にすれば危なくて仕方がない。

しかし、熱心にお世話してくださる。それで、非常に面白味のある方で「私は既に老齢74歳、倒れたからといって一向差し支えない」と言っておられたのですが、ついに半身不随、口も利けなくなったのであります。その時、近所からすぐに医者を呼んだところが、「もう年も年、こういうのを手当てしても治りませんから、いっそこれは放っとこうじゃないですか」と言われたことが、運が良かったのであります。

ただちに、先般陸軍から招聘されまして西式応用のために病院船に乗っていただいたことのある△△という方に知らせたところ、すぐに飛んで行って、西式の脳溢血に対する処置をしたのであります。それで、2日目に意識を回復しまして、それから7日間の断食をさせた。ところが、今回私どもが呉及び大竹、広島で講演いたしますのに、呉に来たり広島に行ったりして、あっちへ走りこっちへ走り、これが本当に6月1日に半身不随になって、医者から駄目だと言われた人とは思えないくらいに、まめに世話してくれたのであります。

今一例は、これも73歳になられます、秋山靑渓という二宮尊徳翁の報徳会の講師をしておられる静岡県の方で、私が『儒門空虚聚語』(じゅもんくうきょしゅうご=大塩平八郎著=仏教特有の概念とされてきた「」「虚」が仏教伝来以前の儒教の聖賢の経書に現れていることを実例を挙げて証明した書。原著は漢文)の翻訳をしていただいた方であります。

この秋山先生はご老体でありますが、やはり私を非常に信じておられる。ところが、この方は、朝から晩まで茶を煮づめにして ―― 静岡は茶の名産地でありますし、何しろ漢学の先生ですから茶を土瓶でグラグラ煮て飲む。私は申しました。「秋山さん、あなた朝から晩まで煮づめの茶を飲むと脳溢血を起こしますよ」、そう言うと、「起こしたって良い。起こした時に西式を始めたって良いでしょう」私は、「それもそうだけれども、まあまあ、地方のことでもあるし、東京ならまだ別だが」、こう申しておりました。

ところが、これまた脳溢血を起こしてしまったのであります。それから報徳会の方からずいぶんお世話しようというのを、片平という静岡の支部長がやはり世話しまして、14日間断食されました。ところが今日では、実は私も驚いたのですが、堂々と漢籍の講義をされているのであります。

それですから、西式の行き方というものは、中々研究すればするほど面白いのであります。いったい、朝食廃止については、人間はなぜ病気をするかを考えねばならないのであります。私が東京市に招かれて越して参りましたのは19年前、まる18年になりますが、その時から私の家へ出入りの医者というものは一人もいない。私一人ではない、家族も7、8人おりますが医者はいらない。少しも病気をしない。これが西式健康法の神髄であります。病気をしましても病気の観方(みかた)が違うのであります。

例えば、つい先達っても、東京のさる医学校の校長さんで何某という方がおられる。「だんだん夏が来るというと寝冷えしていかん。風邪を引いてはいかん。下痢してはいかん」というのでありますが、西式では「下痢してなければいかん。風邪をひかなければいかん」、すべて観方が反対であります。

この反対の観方がすなわち私ども18年来病気しないゆえんで、私も高貴のお邸にお出入り仰せつかっておりますが、永いお出入りのお邸ではほとんど病気なんていうものにはお罹り遊ばさない。これはもう、実に良くご実行遊ばされるためで、私としては実に恐懼にたえない(恐れ入り大いにかしこまること)次第であります。

(続く)

月刊『西式』第2巻 第7号(昭和13=1938年9月15日発行)より再録

                                       朝食の害毒について (第二回)          

                                                                                           西 勝造

 

そういう訳でありまして、病気するということは、まあ、早く申しますと余計なことであります。

それで下痢するということを病気と思ったら大間違い、すなわち下痢をするということは、その生体を助けんとする一つの過程であります。あなた方がもし、何か悪い菌をお呑みになる、あるいはお食べになった物で体内に菌が発生いたしまして、そうして生体を痛めようとする時に、この下痢のためにいち早く我々の生体から逃げ出してくれるのであります。この逃げてくれるということは誠に大事なことで、また逃がさなければならぬというように、我々の生体はできているのであります。

ここに一軒の家がある。表門も開いている。裏門も開いている。そこへ一人の無頼漢が警官に追われて飛び込んでくる。それっというのでもって、この家に入ったというので裏門で用意していると、無頼漢が裏門から飛び出した。その時に裏口に回っていた警官が、それを捕らえてしまうと、こういう無頼漢がこの家から出てくるくらいだから、この家の主人も同類なりとして、もしこれを拘留したならば、一体どんなものでありましょう。

我々生体は常に生きんとしているのであります。この生きんとしている生体に対しまして、コレラ菌あるいは赤痢菌のごときものが口から飛び込んだといたします。

一日一度ないし二度の便通がある方ですと、ただちにそれを排泄するのであります。その排泄した物を顕微鏡で見て、「こういう物が出たから、この家の主人はけしからん」と言って、これを引っ張って行って放り込んだとしたら、世の中にこんな理不尽なことはないのであります。

このもっとも我々の肉体に対して害をなす物は即時に出させる、ということがいわゆる西式健康法であります。

しかしながらそういうのが出て、自分だけは助かった。だからあとは、黴菌が散らかろうが差し支えない、ということを申しているのではありません。それはまた公衆衛生でもあり、公徳心というものがあり、適当に消毒してそばに散らかさないという考えを持たなければいかんのであります。

しかしながら、コレラとか赤痢、そういうことに専門家によって名が付けられたものは自分勝手にはいかないのであります。これを犯すことがあれば伝染病法違反に引っ掛かるのであります。とにかくそういうことをよく研究なすって、真に西式に精通なさるというと、世の中で病気をするというような人は、よほどの低能でなければならぬ、ということになるのであります。(笑い)

私は、もうすでに十数年にわたって、これを唱えているのでありますが、私は市役所に十数年居りまして、多額の恩給を頂戴しておりますし、全く『吞気のシャー』でもって、こういうものを研究し、そうしてこれを在職中に発表したのであります。でありますから、私は、どんなことをお教えしたとところで、私の研究をお伝えしたところで、金を取るということは絶対にない。

今日まで医者が治せるというものに手を出したことはないのでありますが、医者が手を出したものの、駄目だというのが皆私に相談する。その大部分が治っている。そうでありますから、私もかなり突っ込むのであります。

つい先だっても、下北沢の帝都電鉄のすぐ1丁半(1丁=60間=約110ⅿ)ばかりのところに大邸宅を構えていらっしゃるAという実業家の奥さんが電話をかけてこられまして、「どうぞ先生直ぐ来ていただきたい。主人が2日間まったく人事不省(意識不明)です。4人の医者から見捨てられてしまいました。先生には今から6年ばかり前に、牛込の新小川町に居る時来ていただいて、その時には急性胃カタル(胃炎)でしたが、何か先生が手と足を引っ張って、背中をポンと叩いたら主人の痛みはすぐ治まってしまった。あの手をひとつ先生……」「いやお断りします。私は6年前頃には参りましたが、今日参りますというとお宅様のお出入りの医者は用がなくなってしまう。私はそういう敵は持ちたくない。どうかお許し……」こうお断りいたしました。

そうしたら、今度はどういうご関係でしたか、さる高貴の御方様の御口をもって、「気の毒だが人助けと思って、このAという人のところへ行ってやってもらいたい」こういうやんごとなきお方様のお言葉でございます。私は拒みがたくその仕度をしていると、間もなくT公爵家からも、「どうぞ気の毒だが行ってやってもらいたい」という電話があった。「只今も高貴の方のお言葉がありましたので参ることにいたします」と御返事をいたしましたが、すでに玄関に自動車が来ております。

それから、ちょうど下北沢のA家へ駆けつけました。そういたしますと人事不省、病名は狭心症、動脈硬化症― 虚空をつかんで身体は硬直しておったのであります。そこで私は奥さんや娘さんたちを指導いたしまして、その手をすぐに西式の六大法則の第四番目にあります『毛管運動』をやらせました。その運動を与えまして、「蒲団をはぐってご覧なさい。右の足は自由自在だけれども、左の足は硬直しているから……」見るというと左の足はピンと硬直している。

「その硬直を緩めるというとご主人は助かります」と言って左の足を一尺(約30cm)ばかり挙げまして一尺ばかり開く、そうして心臓運転というのをいたします。なかなか曲げようとしても硬直しておりますが、それを一生懸命に少しずつ……、そこは技術であります。

だんだんやっておりますというと、だんだん鎮まりまして、ついに普通の呼吸になったのであります。その時に、「今から五分ばかり経ってご覧なさい。また始まりますよ。」と言って、やがて五分ばかり経ちますと、また七転八倒、また操作いたしますと治まる。今度は七分ばかりするとまた始まる。そうして一分、二分しますと治まる。

「これを明日の十時頃までなさればご主人は助かりますから、気長く明日の朝まで発作が起こったら左の足を運転すればよろしい」とお話ししました。左の足というものは、あなた方解剖学をご存じでないとお解りにはならないかもしれませんが、最近わが国と非常に親交を結んでおりますイタリーの電気の書物に書いてありますが「左ぎっちょの人は電気技師となるべからず」とあります。

例えば、額に一つの高圧の電撃を受けました場合、左の足に抜けますと、たとえ左のかかとに小指のつま先くらいの傷ができた程度でも死んでしまうのであります。右の足に抜けた時には、半分足を持っていかれても決して死なないのであります。要するに右の足というものは静脈系等を司っているのであります。

心臓には室が四つありまして、右心房が右手、右心室が右の足、左心房は左の手、左心室が左の足になっております。そして狭心症と動脈硬化症は左の足が突っ張っている。ですから、この足を治すことによって、その方はだんだん鎮まってきたのであります。それからお暇したいと言ったところが、それは困るからというので、東京の西会に電話を掛けまして、これを心得ている婦人がおりますから、「早速行ってやってくれ。今晩はあなたのお宅の方に電話を掛けて、今晩泊まり込みの了解を得るから」こう申しまして、なお、「ちょっと待って……、もしあなたが居る間に医者が来て、注射の道具を出したら逃げて帰りなさい。しかし、経験のために人間が殺されていく模様を見たければ居ても良かろう」こう電話しておきました。

(続く)

 

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

 

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