西式健康法

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「朝食廃止論」に関する追加解説

約15分

 本文中の「日々の西式健康法」の中に「食事法」という項があり、その中の「朝食廃止論」という記事の中でいろいろと解説しておりますが、この文章自体は、かなり古典的な内容です。

 なにぶんにも70年ほど前の著作(「二食健康法」西勝造著、初版発行昭和25年)から引用した内容と、一部はそのまた原典ということになる「朝食害毒論」で発表された内容であるからです。  

 もちろん、それなりの根拠にはなるかと思いますが、著者西勝造よりさらに何十年も前の、より古い時代の学者が書いた文章の引用紹介(ウェーヴエ氏の著作)や、どこまでデータに信頼性があるものやら、調べたところで再確認の難しい内容(スーリエ氏の著作)が含まれています。

 

 そんなもの掲載するなよ、とお叱りをいただくかもしれませんが、学祖の主張した学説、内容は膨大ですから、徐々に改めていくしかありませんのでお許しください。

 「朝食は食べないほうが良い」という主張自体は、私自身もまったく疑問は抱いておりませんから、「朝食廃止の2食主義」という主張を取り下げるようなことは絶対にありませんが、今日の方々でもご納得いただき易いように、別な角度からの解説を加えさせていただこうというのが本稿の主旨です。

朝食を食べないと低血糖に?

 最近では、さすがにこのような非科学的、非生理学的主張をする方は、ほとんどいなくなってきたかと思いますが、以前は、早めに夕食を摂ったうえに朝食を抜いてしまうと、昼食前に低血糖を起してしまうから、絶対に朝食は摂らなければいけない、というバカげた主張がありました。

 その説の根拠として、肝臓に貯蔵可能なグリコーゲン量(筋肉貯蔵グリコーゲンは血中に戻せない)から類推すると、食事を摂らない欠食時間の限界は、1516時間程度と考えられていたからです。

 脳は睡眠中でも一定量のブドウ糖を消費し続けますから、血中のブドウ糖濃度が一定以下に下がりそうになると、次の手段として肝臓に蓄えたグリコーゲンを徐々にブドウ糖に還元して血中ブドウ糖濃度を維持します。

 

 その肝臓に貯蔵したグリコーゲンまで使い切ってしまったら、脳の栄養源が枯渇してしまうから、死なないにしても頭の働きが極端に低下するのではないか?というような心配をしていたのです。

 しかし、たった一食抜いただけで、血糖値低下によって、死に至る若しくは明らかな知的レベルの低下を招くというような事実があるのだとすれば、災害遭難者の生存限界時間は72時間どころか、24時間でも厳しいということになってしまうはずです。

糖新生

 人類は、幾多の困難を乗り越えて生存競争を勝ち抜いてきたわけですが、その人類がたった一食、ただの一食、食べ損なっただけで生物としての能力が著しく低下したり、それだけで生命が危うくなるといったような、そんなひ弱な生物であったはずがないし、あるはずがありません。

 食後一定時間を経過すると、空腹感を感じて次の食事を食べたくなります。

 そのまま、食事を摂らないとどうなってしまうのかというと、危険なレベルの低血糖になる訳ではもちろんなく、当初は肝臓のグリコーゲンを分解して空腹時血糖値を維持し、そのグリコーゲン貯蔵も少なくなって、より血糖値が下がりそうになったときに発現するのが『糖新生』という仕組みです。

 『糖新生』とは脂質またはたんぱく質を原料として、ブドウ糖を合成するメカニズムのことです。

 あらゆる生理学書の索引にも常識として掲載されている、かなり昔から知られていた、多くの高等生物が持っている仕組みです。

 こういう仕組みがあるから、絶食したり、食事量を減じてダイエットすると、貯蔵脂肪が糖新生によって分解される→痩せる、ということになるわけです。

 

 ですから、一食抜いただけでヒトとしての能力が落ちるとか、言うまでもなく命を落とすなどということは絶対にありません。

糖新生は代謝を落とす?

 最近では、学者であれば『糖新生』を知らなかったでは、さすがに済まされませんから、糖新生という仕組みはあるけれども、糖新生を発現させるとたんぱくも分解してブドウ糖に変えてしまうから、結果的に筋量を落とすことになり、かえって代謝を落とすことになるから良くないのだ、という主張をする方も出てきました。

 しかし、これも完全な間違いです。

 骨格筋のたんぱく質は、狩猟で食料を得るための主要な要素です。骨格筋のたんぱく質を優先的に分解してしまえば、捕食能力は確実に低下してしまいます。

 一方、貯蔵脂肪は食事が十分に摂れない事態に備えた備蓄ですから、その備蓄品から利用をし始めるに決まっています。

 大地震、台風等の災害時に、家に残っている食料の食べる順番を考えれば明らかです。新たな食料入手は困難、夏場であれば停電で冷蔵食品もすぐダメになってしまう、となったときに、さて何から食べるかということです。

 災害時だからと、つい、ムードで缶詰から食べてしまうといった人もいないではないかもしれませんが、常識的に考えれば缶詰は最後の最後です。とくに、災害復旧に時間がかなりそうな場合は。

 最初に刺身であるとか要冷蔵の腐敗の早いであろう食品を食べようと考えるでしょう。

  次に溶けてしまった冷凍食品、常温保存食品、缶詰といったような順番になるはずです。冷静な思考ができるのであれば・・・。

 我々でさえ、そういったことをすぐに思いつくのに、飢餓に苦しんだ歴史の中で、自らの生命をかけて進化してきた我々の祖先の本能が、そんな簡単な、自分の命が掛かった順番を間違えるはずがありません。

 脂肪から分解を始めるに決まっているのです。

 もちろん、空腹だからと体を休め続けていて、脂肪も十分に蓄えていないといった状況では徐々にたんぱく質もブドウ糖に変換していきますが、あくまで主流は、圧倒的に脂肪です。

 

 今日では、ブドウ糖の調達が困難にってくると「ケトン体」という脂肪酸の一種も、脳のエネルギー源として直接利用できるということも常識とされています。

 非常に重要なブドウ糖であり、脳ですから、幾重にも安全装置的な仕組みが用意されており、1食抜いただけで重大な問題が生じるなどということは、あり得ないことなのです。

 もし、そのようなこと、例えば1食抜いただけでへたり込んだり、目まいを生じるようなことがあるのだとすれば、それらの生存に必要な重要補完機能がまったく作動しなくなってしまっているということですから、朝食を欠かさないなどということより、その重要機能の回復を計るほうがずっと重要です。

 その訓練として一番実行しやすいのが、朝食を廃止して、毎日空腹感を感じる食生活をすることです。

 

自律神経機能からの説明

 糖新生に関する説明は、朝食は積極的に食べなければならないといった理由にはならない、という消極的な立場からの説明ですが、つぎに、やはり食べないほうが良いのだという積極的根拠を自律神経の面から説明します。

 人類だけでなく多くの高等生物は上手に使い分けをする能力を身につけています。何のことか分からないかと思いますが、こういうことです。

 食事しながら、命がけの格闘をするようなことまでは想定する必要はないだろう、せっかく食べたものであっても、命を失うくらいなら、下痢で十分に吸収しないまま排泄してしまうようなことも、吐き戻してしまうことがあっても、闘いに負けるよりは、はるかにましである、といった生存優先の選択をする能力のことです。

 別な言い方をしますと、骨格筋に最大限の血流を確保するためには、消化管への血流は大幅に減じるし、最大限の効率で消化吸収をさせようと思えば、骨格筋への血液供給を大幅に減じて、消化管への血流量を増大させる、という使い分けのことです。

 このことは、生理学書にも明確に記述されていることであり、疑いの余地はありません。 

 交感神経亢進時には消化管への血流量は大幅に減じますし、副交感神経亢進時には骨格筋への血流量が減少することにより、消化管への血流量は増大します。

 より正確に表現すれば、骨格筋に血液を供給する必要がなくなれば、自然と交感神経亢進は抑制され、副交感神経が優位になる、ということです。

 当たり前のことと言ってしまえばそのとおりなのですが、同時に満足させるべき可能性が低い事態に備えて、両機能を満足させるための血液量は確保しておこうという選択はしなかった、ということです。

 予備のための血液を移動、運搬するためにも余計なエネルギーが必要になってしまいますから、生存率の低下につながります。

 生き抜くために無駄は省いたということです。

 睡眠時は骨格筋の血液需要は最少量ですから、消化管に対して十分な血液を供給できるし、免疫系も十分に働かせることができます。

 

 その状態では、副交感神経系の仕事のための十分な量の血液供給を可能にします。

 十分に免疫系を働かせたかったら、言い換えると、病気を治したいのであれば、もっとも副交感神経が優位となる良質な睡眠が非常に重要であるということでもあります。

 一方、活動時、とくに筋肉運動を盛んに行っている間は、心拍数は著しく上昇し、主要動脈血管も常に血管を収縮させる力が働き続けた状態となります。

 

 運動時のように、血液需要と供給のバランスが取れているときにはあまり問題にはならないのですが、例えば強い怒りや恐怖に支配されているときなどは状況が変わってきます。

 強い怒りや恐怖の次に予想される事態は、闘争か逃走ですから、次の動作に備えて心拍数は上昇し、主要動脈血管は収縮気味となります。

 しかし、実際には骨格筋への血液供給は行われませんから、主要動脈血管内は血液でパンパンに膨らんだ状態となります。

 

 その状況で血圧を計れば、血圧は非常に高くなってしまっているということです。

 無用、無意味な興奮、怒り、強い悲しみ、不安感は、常に血圧を高い状態にしてしまう、ということでもあります。

 ブログ11の「自律神経と酸塩基平衡」もご一読いただければ幸いです。

朝食と自律神経

 この自律神経の機能を朝食の問題に限定して考えてみましょう。

 睡眠中は副交感神経が優位な状態であり、消化吸収活動のための血液供給は十分に行われていますし、免疫系の活動も盛んに行われています。

 覚醒すると、それがどのように変化するかというと、まず、起床後の捕食活動のために交感神経優位に徐々に切り替えが行われます。

 目覚めはちょっとボッとした状態であるけれども、それなりに時間が経過すれば、徐々に本格的に覚醒状態に移行し、活動の常備に入っていくということです。

 現代社会とは異なって、われわれの本能プログラムが設計されたのは少なくとも何万年か昔のことですから、「活動の準備」とは、食糧確保のための命がけの行動を行うための事前準備です。

 血液分配の点から考えれば、骨格筋が最大の血液供給量を要求する体制に移行するということですから、消化管への血液供給量は最少にして、命がけの捕食活動中の生存率を最大限にするためのモードに切り替わろうとするわけです。

 勉学や仕事も、常に本気の闘いといったつもりで臨むという気概の人であれば、睡眠中(副交感神経優位状態)に消化管、免疫系への血液供給を優先させてきた状態から、骨格筋や脳に最大限の血液供給を行う体制(交感神経優位状態)に移行させていくということです。

 そんな時、つまり、自律神経を副交感神経優位状態から交感神経優位状態に切り替えようとしている最中に、「とにかく朝食は食べなければいけない」という思い込みによって、食欲も湧いていないのに、無理に朝食を詰め込んだら自律神経系はどうなってしまうでしょうか?

 

起床直後の朝食こそが自律神経系を混乱させる最大原因

 やっと、交感神経系に切り替わり始めた時に食事を摂ると、自律神経がどう反応してしまうかというと、入ってきてしまった食料は消化吸収しないともったいない、と飢餓に苦しんだ時代の本能が指令します。

 

 そうしますと、起床によって切り替わりかけた状態の血流の主流を、消化管から骨格筋へ切り替えようとした矢先、消化管が血液を大量に要求して、自然と副交感神経系が再び亢進し始めて、消化吸収活動を始めようとしてしまいます。大混乱です。

 多くの方にはこの比喩はお解りいただけないでしょうが、ミッドウェー海戦で大日本帝国海軍の戦力を実質的に半減させてしまった、南雲中将のように混乱した状態です。

 こうした、自律神経の混乱はいろいろな問題を起こします。交感神経優位に切り替わる、これはつまり覚醒してくるということですから、せっかく切り替わり始めた時に消化管が仕事を開始しなければいけない状況を作り出せば、覚醒は中断され、副交感神経優位の特徴とも言える眠気が復活してきます。

 装備切り替えの混乱、躊躇は、戦闘であれば大敗の原因になるということです。

 しかし、一方では授業や仕事が始まり、いやでも集中して頭脳を鮮明に働かせなければならないという状況もあるわけで、その指令も出続けていますから、消化管に主流を戻して(副交感神経系優位状態)しまうことも完全にはできません。

 退屈な授業であればすぐに眠くなってしまいますし、なかなか仕事に集中できない状態です。

 どなたも経験したことがあると思いますが、食後は眠くなるのが当たり前です。『腹が減っては戦ができぬ』ということわざがある一方で、食後はどうしても眠くなりますし、お腹がへっているとなかなか眠れない、ということも一方の事実です。

 消化管に血流の主流が移れば、脳への血流は減少するし(脳への血液供給量は常にほぼ一定とする説もありますが、少なくとも心拍数による心拍出量増減の影響を受けないはずはありません)、骨格筋へ直ちに多量の血液を供給する準備体制も取られることはありません。

 午前中の授業では眠気のために授業に身が入らない、あるいはウトウトとするようなお子さんが多いとされるのは、朝食を食べてこないからなどでは絶対になく、少なくとも生理学的には、単なる寝不足が原因であることに議論の余地はありません。

 それを朝ごはんは必ず食べさせて来い、しっかり授業を聞いてろ、朝は1時間目から体育で今日は持久走だ、といったような生理学(自律神経論)をまったく無視した暴論で生徒を指導するようなことは、まったく理解に苦しむところです。

 集中しろといっても、集中しようもない無理な状況に追い込んでいるのは教育側です。朝ごはんを食べてこないと眠くなるということを、生理学的に説明するか、少なくとも実験的に証明して見せるべきですが、何らの証明、説明もないまま『朝ごはんが一番重要』であるとかいったような誤った情報が公の機関から垂れ流される理由は何なのでしょうか?

起床後最初の食事はいつ食べるべきか?

 『朝ごはん』という食事の定義そのものが曖昧なまま議論がなされる風潮も問題です。朝ごはんとは午前6時から正午前までに食する起床後第1食目のことを言ってるのか、それとも、午前5時から午前10時頃までに食べる起床後1食目なのかといったことです。

 学祖「西勝造」先生は、『厳密に言えば、太陽が真上に上がるまでは、仮に柿の葉茶といえども摂らないほうがよい』という言葉も残しています。

 柿の葉茶にもわずかな甘みがありますように、微量の果糖、ブドウ糖が含まれています。当然のことですが、植物果実の甘味の原料糖類はすべて葉で作られていますから、葉にも微量の糖類が含まれているのです。

 ここで問題になるのは『厳密に言えば』という言葉の意味です。『厳密」の意味は、とことんほとんど意味をなさないレベルまでこだわりたいのなら、といったニュアンスであって、現実的に奨励しているわけではないということです。

 例えば『厳密に言えば、都会に出てくるなら防毒マスクを着用した方が良い』というのと同じようなニュアンスです。

 最近でこそ自動車の排気ガス対策や、工場の排煙基準が厳しくなってくれたおかげで、空気中の亜硫酸ガス(二酸化硫黄)濃度も50年前の東京と比較すれば劇的に改善しています。

 当時と比較すれば、その平均濃度は1/10以下にまで低下していますが、それでもゼロではありません。現在でも、大都市では0.003ppm 程度の平均濃度であるとされています。

 亜硫酸ガスは、水と反応して亜硫酸となり、亜硫酸はさらに酸化が進むと硫酸に変化しますから、ごくわずかな亜硫酸ガスであっても肺に吸い込めば、超微量ではりますが肺胞表面で硫酸を形成する可能性があります。

 だからといって、防毒マスクの日常の着用が推奨されているわけではないように、確かに厳密に言えば有害ではあるが、その量は無視しても差し支えない程度の量でもある。

 それでも気になって、心配でしょうがないといったような人は、朝食も太陽が直上にくるまで食べなければ良かろう、防毒マスクも常に装着したほうが良かろう、精神を安定させるために、といったニュアンスであるということです。

 ですから、起床して、はっきりとした覚醒状態になり、さらに多少の時間が経過して強い食欲を感じるようになってから食べる分には、それが朝の7時であろうが11時であろうが、ほとんど害はないと思っていただいて構いません。

 個々人の生活習慣に大きく作用されるということです。朝5時頃には起床し、身だしなみ、ヒトによっては外回りや近隣の清掃等まで行って、「そろそろ朝ごはんの時間だ」ではなくて、空腹感をそこそこ感じるようになってきたのだとすれば、朝ごはんを食べてももうほとんど害はないよ、食べて良いよという本能のサインが出た、ということです。

 ただ、勘違いしないでいただきたいことは、食べ始めてみたらけっこう食べられるし、食欲も出てきた、というのは本能のサインではありません。

 それは、食料にありつけたら、食べられるだけ食べておけ、というプログラムが作動した結果に過ぎません。本能のサインを感じるようにしなければなりません。

子どもの朝食廃止は?

 こどもはちょっと特殊です。新生児の授乳回数は11回前後とされていますが、今日の大人の平均摂食回数は、個人差はありますがだいたい3回でしょう。西式健康法では昼夜の2食を推奨していますが。

 乳幼児、いや小児期の途中までの成長期は、消化システムそのものがまだ完全ではありませんし、一時も休まず(実際は睡眠時の方が圧倒的に盛んに行われているはずですが)旺盛な細胞分裂、つまり成長を続けていますから、栄養の補給は小まめに行われる必要があります。

 ですから、言うまでもないことですが、乳児に昼、夜の2回授乳を推奨しているわけではありませんし、乳児は余計な知識なしに本能プログラムに従って行動していますから、無理強いはいけませんが、母乳は本人が欲しがるだけ与えて構いません。

では「朝食廃止」は何歳頃からが良いのか?ということになるわけですが、基本的には著しい肉体的な成長が一応終わった頃、ということになろうかと思われます。

 第2次性徴期以降ということになりますが、体毛が十分に生えそろい、女性でいえば生理が安定してきた頃ということになりましょうか。

 ただし、その後も速度こそ鈍化しますが、まだ穏やかな成長が続いていことも多いので、朝食廃止が早すぎると、体が大きくなりきらないという傾向はあるようです。

 ただ、過剰に食べさせすぎれば糖尿病発症リスクも上昇することは明白ですから、とにかく健康でいてくれればということを主眼にするなら、第2次性徴期とともに朝食廃止。

 いや、俳優にスポーツ選手にといったようなことを主眼とするなら、せっせせっせと年齢に関係なく食べさせたほうが、肉体的にはより大きくできる可能性は高いものと思われます。

この記事を書いた人

株式会社 西式サービス西会 本部長西 万二郎
昭和27年(1952年)東京生まれ。東京工業大学工学部付属工業高校機械科を経て立教大学社会学部卒業。西式健康法創始者、西勝造の次男・西大助(西式健康法普及団体、西会第三会長、故人)次男として生まれ、在学中より西式健康法西会本部に勤務し西式健康法普及活動を開始。昭和52年業務部長、昭和63年本部長に就任。主な著書に『西式健康法入門』(平河出版社刊、共著)がある

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