西式健康法

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自然の食物

約68分

                         月刊原稿再掲載

 ここに掲載する内容は、月刊『西式』第一巻 第十二号(昭和13=1938年2月15日発行)に掲載された、学祖西勝造先生の原稿を再掲載したものです。なお、多くの現代人にとって判読が困難と思われる旧字体、旧仮名遣いは、原文の雰囲気を損なわない程度に、現代の標準的な文字、仮名遣いに改めております。ご了承ください。

また、原文におけるカッコ注釈は【  】で、再掲載に当たっての注釈は(  )としております。

 

(月刊『西式』第1巻 第12号(昭和13年=1938年2月15日発行)より再掲載)

                   自 然 の 食 物(第1回)                        

                                                                                                      西 勝造

『いかなる動物も、純粋なたんぱく、脂肪及び炭水化物の混合物だけによって生命を保つということは出来ない。しかのみならず、必要な無機物質を慎重に供給する時でさえも、なお、動物は繁殖することはできない。動物の身体は植物性組織または他の動物の組織によって生命を保つように調整せられており、かかる組織はたんぱく、炭水化物及び脂肪以外に無数の物質を含有している。』

                                                                                              ゴーランド・ホプキンス

 

テトラパシー誌 第六巻 第四号より第七号まで連載せる拙稿「消化の理解」すなわち「消化及び分泌の機構とその構成、破壊と結果」中において、私は宿便すなわち慢性腸停滞と及び自家中毒症の主因四つについて、これを簡約して述べておいた。

第一に挙げたのは、文化の食物であった。すなわち極端に調理せられ、はなはだしく濃縮化されたところの柔らかい、腸内に梗塞する性質の食料品よりなる不正食物であって、これは著しく宿便保留すなわち慢性便停滞を招来するものである。しかも、腸内に充満し、かつこれを刺激して活動せしむべき不消化性粗質物は注意深く食物から除外されている。

捉え難き貴重なビタミン及び鉱物性要素は、調理過多によって我々の食物から摘取せられている。かくして、我々の消化及び排泄器官は、これによって全く虚弱化せられ、かつ、変質化せられるので、はなはだ悲惨な結果を見るのである。

拙著「闘病の秘訣」その他において詳しく指摘したごとく、ビタミンは我々の栄養上において極めて重要なる役割を演ずるものである。ところが文化人の間においては食物を精製し、かつこれを調理し過ぎるため、不幸にもビタミン飢餓が普遍化しており、これが幾多の疾患を招来し、身体を著しき程度に虚弱化するため、我々はすべての変質性疾患、なかんずく、癌に侵され易くなるのである。

私は別稿「ビタミンと食物」中において、賢明なる真価ある栄養の最大重要性につき詳述し、我々を冒す疾患の大多数は、まず第一に不正食すなわち人工的に精製したる食物より起こるものであって、この不正食は便秘及び自家中毒症を介し、文化人を悩ます障害及び疾患の約九割が、これに原因することを教示している。

文化は、その責任を負うべき幾多のものを持っている。我々は我々の口蓋及び眼を楽しましめることを主眼として食物を選択している。我々は他の多くのことを考慮に入れずに、我々の味覚を細心に養成し、かくして我々の消化と排泄、我々の歯と眼、我々の肝臓と肺臓等を破滅させ、我々自身を限りなき惨めさ、慢性不具性及び痛ましき夭折に巻き込んでいる。

私は一般の栄養については、別稿「ビタミンと食物」中に論究し、かつ近刊「癌とその予防」書中においても、これを詳述する予定なので、ここではそれを詳述するのは無益であろうと思う。

本稿は単に「自然の食物」上より見たる不正食による宿便保留すなわち慢性腸停滞及び自家中毒を主題とせるものであるから、私は本編においては腸の直接にかつ格別に傷害すべき重大なる栄養上の欠陥を取り扱うに止めたい。

我々に奇跡的な体を与え、かつこれを扶養するため奇跡的に完全なる食物を与え給うた神々を、軽侮せるところの浅見なる化学者達は、ここ数十年来、改善し能わざる自然の作物を改善し、我々に科学的食物を提供せんとこれ努め、幾年来、我々の食物を間違った方面へと導いてしまっている。

これ等の化学者達は、自然界より視るときは粗雑極まる不体裁な、全く頼りにならぬ道具を用いて、人体の組織と器官あるいは我々の食物中に自然に含有せる諸種の栄養要素を分析せんと試みている。しかして、我々に語って曰く、人体はかくかくの化学的要素によって構成されており、我々は科学的に測定し得べき定量の熱量を消費するものである。

従って、我々はそれだけのカロリーをもって、これを補給しなければならぬ。我々が最も科学的にその補給をなさんとするには、毎日、これだけのグラム量のたんぱく、脂肪及び炭水化物等を消費すればよいと言う。

文化人は愚かにも、研究室内に立て籠もれる化学者を、その自称的価値においてそのままそれを信じて受け容れている。栄養料理とか科学的料理法の著者は、何々栄養博士とか何々栄養科学研究所長とか、その他の人々の唱うる科学的栄養の福音を広めるに忙しいのが欧米現在の有様である。かくして、文化人はカロリーについての訓令を厳正に守って、「科学的」にたんぱく、脂肪、炭水化物等を摂取している。

その結果文化人は、消化管や排泄器官に色々の傷害を被り、これ等の器官の変質に痛く悩まされ、そしてついに癌に罹ったり、血圧を亢進せしめたり、腎臓病、心臓病、脳溢血等に襲われたり、種々の疾病に悩まされるようになり、ついに「人は病の器」だと歎声(溜息)を漏らすに至るのである。

文化人は概して骨格が虚弱であり、歯も欠陥を暴露しており、完全な歯というものを持っておらず、歯齦(しぎん=歯茎、歯肉)は疾患に冒され、扁桃腺は腐敗し、消化機能を障害せられて大腸内におびただしき宿便を保留するようになり、これに所因する幾多の疾患に悩まされている。

これに反して、自然のうちにあって生活せる動物及び未開人は、ほとんど常に強健な骨格を有し、歯も完全であり、歯齦も健全であって、消化機能に欠陥はなく、排泄器官もまた同じように何らの欠陥も持っていない。未開人と文化人とは、全く異なった二組の疾患に冒されて死亡している。

未開人は不潔性疾患、身体の露出、窮乏、猛獣毒蛇の害悪と自然界の暴力等のために死亡しているが、我々は、それらの死因はほとんど排除して免れているのである。未開人は概して突然にほとんど疼痛を感ぜずして死亡するのが通例である。

我々文化人は、未開人の間にほとんど見ない変質性慢性疾患に冒され、また主として消化剤と称する種々の溶解剤による不正栄養摂取にわざわいされて多量の宿便を結腸内に停滞せし め、いわゆる慢性便秘と自家中毒症に伴う疾患によって、徐々に苦しめられて苦痛と懊悩(悩みもだえること)とに煩悶しつつ、食欲不振を託ちながら(言い訳にして)、ついにこの世を呪いつつ生きながらえようと急り(あせり)に焦って、ついには死亡するのである。

化学者は、人類に対し計り知られざる傷害を加えている。化学者は恐らく世界大戦(第一次世界大戦)中の死亡者よりも多数の人々を破滅させているであろう。欧米における、いわゆる栄養学者と称する人々の提唱する科学的栄養物なるものは、健全な種族を冒す毒物であって、少なくとも黴毒(梅毒)に劣らざる害悪性を有している。

(続く)

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

(月刊『西式』第1巻 第12号(昭和13年=1938年2月15日発行)より再掲載)

                                                               自 然 の 食 物(第2回)                         

                                       西 勝造

ところで、この黴毒なるものは、畢竟(ひっきょう=つまり、結局)、少数の人々を悩ますに過ぎないが、科学者と称する人々の流す害悪は、到底これと比較出来ぬほど、広範かつ多大である。文化人の身体が退化していることに鑑みる時、我々は次のことを事実として認めざるを得ない。

すなわち今日、我々は世界の端からも広く食品を集めことができるし、極貧の乞食でさえも、昔のローマの帝王に比べれば、より豊富な食べ物を見つけ出し得る現状であるくせに、実際上からいうと、今日ほど人類が貧しき栄養を摂取していることはないのである。もっとも、我々の舌はあらゆる風土の著名産物を味わってはいるが、真の栄養という問題と、これとはまったく別個の話である。

欧米を模倣する栄養学者は  ——  西式による栄養学者は洋の東西、古今の医学を包含しているのでおのずと異なるが —— 自ら進むべき路を迷い、かつ我々同胞をも迷わしめている。これ等の学者は、我々に常識を教えずして、いわゆる科学と称するものを、すこぶる勿体付けて語るのである。

これ等の学者は、自己の浅見に捉われて驚嘆すべき神秘的な身体を、あたかもがさつな研究室用具として取り扱い、あたかも我々が身体内に微妙な複雑性と効率とを備えた胃腸や、その他の器官のごときものを有せず、単にガラス製の試験官、あるいは他の粗雑な道具を備えているに過ぎぬかのごとく見なしている。

さらに、また、これ等の学者は、自然の神秘的な脅威すべき食料品が、あたかも何らの生命なき少数の化学的成分によって構成せられているかのごとく見なしている。そして、およそ研究室内の容易な常用方法を学んだものであれば、何人でもこれを分析し、これを再構成させ、かつこれを改良し得るかのごとく唱えている。

食料品のいわゆる科学的分析なるものが、我々の栄養指針として誠しやかに提示されている。かくして我々は白米、玄米、半搗米(はんつきまい)、白パン、黒パン、肉、野菜、海藻等の含有するたんぱく、脂肪及び炭水化物等の正確なる割合を知ることができるようになっている。
最近まで、我々の常食物の含有する他の成分は、一括して「灰分」【ash】、という侮辱的な名称が与えられていた。【近刊「食物中の灰分が必要」参照】

我々の常食物中の「灰分」は多数の化学者やその追従者によって、残滓物あるいは不用物と見なされていたのであった。ところが、今日では、その「灰分」が身体に対して測り難き重要性をもつ二十有余の鉱物質成分を含んでいることが明らかにされている。その一つたる石灰は我々の骨と歯を構成するに必要なものであり、燐(リン)は歯の琺瑯質(ほうろうしつ)を構成するために必要であり、かつその不朽を防ぐためにも欠くことを許し得ない。

鉄は我々の血液には欠くべからざるものであり、もしも鉄分が不足すると、貧血症として、多くの若き令嬢たちの容色を台無しにするようになる。極微量のイオヂン(ヨウ素)は重要な甲状腺の機能に対して必要欠くべからざるものである。
しかのみならず、従来軽侮せられてきた灰分には、無くてはならないビタミンも含まれていると言われている。この神秘的な補足し難い物質は、科学的に処理し過ぎた食物からは失われてしまうものである。これ等の事実に鑑みるとき、科学的に栄養を摂れる文化人が、虚弱な骨格、むし歯、貧弱なる血液、変質せる腸管等に苦しめられるのは、当然というべく、かかる欠陥はすべて化学者なるもののお陰でなければならぬ。

博学なる欧米模倣化学者は、我々の必要とする栄養及び食物の成分について、我々を全く誤れる邪道に引き入れている。しかのみならず、これ等の化学者は従来人類を優れた健康状態に保持していた食料品を“改良”したのであった。

化学者は、食料品製造者のお先棒を担いで、コメから銀色を覆(おお)える上皮を剥奪し、小麦から麩(グルテン)や胚芽を除外し、大麦及びその他の穀粒から外皮を取り去り、これを家畜や豚に与えている有様である。

模倣好きな化学者達は、製粉者に有害な薬剤を用いて麦粉を晒すことを教え、肉屋や缶詰屋には有害な保存剤及び染料を用いて、肉を“改善する”ことを教えて、やらせているところもあるという。そして、これらの薬物はすべて“完全にして無害である”と誇称されている。

化学者達は、また、製造業者に対してはバター、ミルク、クリーム、紅茶、コーヒー、砂糖、ぶどう酒、ビール等に人工を加うることを教えている。化学者達は、家庭の主婦に対しては“栄養性”食物から粗質物を注意深く取り去って、これを貯え、そしてソーダ(炭酸ナトリウムのことと思われる)を加えた水をもって野菜を調理し、自製菓子、揑粉(ねりこ=小麦粉に水を入れてこねたもの)菓子、ジャム等に有害な保存剤を加うることを教えている。

化学者達は世界の人々を飢餓に陥れ、世界人を中毒状態に引き入れているのである。化学者達は農夫を貧困に追いやり、ペテン的な食料製造業者や似非丸薬製造業者等の懐を肥やしている。かかる化学者達は、細菌学者の唱うる既知、未知の疾患性細菌よりも、さらに大きな害悪を流しているのである。

小麦とその他の穀物の外皮、リンゴの皮、芯及び種子のごとき粗質物や化学的精製過程中において粗製糖から排除せられる“砂糖の不用分”は、我々の身体の必要とする二十有余の鉱物性要素とビタミンとを異常に豊富に含んでいる。しかもこれ等のものは、我々の食物から取り去られて牛や豚に投げ与えられ、他方において野菜の含有せるビタミンは、家婦が化学者の教えに動かされて、野菜をソーダ等によって調理するため滅殺せられている有様である。

文化人が鉱物質欠乏やビタミン飢餓に悩まされているのも当然であろう。化学者達は、我々から鉱物性要素やビタミンとを奪い去り、その代わりとして、我々に有害な薬剤と保存剤とを与えており、我々は食事毎にこれ等の毒物を知らず識しらずに嚥下している。

若干の化学者の中には、化学は食料品を著しく精錬し、かつこれを濃縮させるであろうから、食事というものは不必要となるべく、時折丸薬を服用するだけで我々の必要とする一切の栄養が得られるようになるであろうなどと、途方もない馬鹿なことを真面目腐って喋々(ちょうちょう)する輩がある。我々の現在摂取している食物の粗質物は必須なビタミン及び鉱物性要素を異常に豊富に含んでいるばかりでなく、これはまた、船で言えば底荷のごとく貴重なものである。

神は我々に、極めて容積の大きな胃と腸とを与え賜うている。この事実は、我々が本来著しく濃縮せる科学的食物によって生を営むように造られてはおらず、むしろ、かさ張った、かつ栄養過剰ならざる自然な食物によって生活するように造られていることを教えるものである。

我々が、不消化性残滓物に富む食物によって、腸を適当に充満させないならば、充満の不充分な腸は麻痺してしまうであろう。科学的に濃縮せられ、完全な消化性と完全な溶解性とをもつ食物とは、我々の体内に停滞して腐敗し、我々を毒するのである。

これ等のものは、宿便すなわち慢性腸停滞に陥り、種々の疾患に冒され、これに伴う危険な結果をつくり出すのである。

(続く)

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

                                                                  月刊原稿再掲載

 ここに掲載する内容は、月刊『西式』第2巻 第1号(昭和13=1938年3月15日発行)に掲載された、学祖西勝造先生の原稿を再掲載したものです。 なお、多くの現代人にとって判読が困難と思われる旧字体、旧仮名遣いは、原文の雰囲気を損なわない程度に、現代の標準的な文字、仮名遣いに改めております。ご了承ください。

 

(月刊『西式』第2巻 第1号(昭和13年=1938年3月15日発行)より再掲載)
                                             自 然 の 食 物(第3回)
                                                                                                                     西 勝造

ビタミンは我々が健康を保つ上において必要である。化学者が数十年来我々に教えきたったところによれば、人間はたんぱく、炭水化物、脂肪、リポイド(リン脂質、糖脂質等の複合脂質=再掲載注釈)、無機塩類及び水があれば生命を支え得ると唱えていた。化学者たちはこの説を実証しようとして、化学的には純粋なたんぱく、炭水化物、脂肪、その他、いわゆる科学的理想混合食物なる物を造って、実験動物を飼育したのであったが、こういう惨めな取り扱いを受けた動物こそ災難であって、皆ことごとく異様の疾患に冒されて痛ましくも皆死亡した。こうした飼育を受けなかった動物は、事実上「科学的に」飼育せられた不幸な動物よりも長く健やかに生存していた。ゴーランド・ホプキンス卿が初めて行った前述の実験において、科学がこれ程の不名誉をさらけ出したことは、世界史上いまだかつてなかった。(本文冒頭、ホプキンス卿の抜粋文を読まれたし=原文注釈)

それにもかかわらず、救いがたき化学者たちは「栄養価」及び「カロリー」に関する無益な記述をもって、その著書を充たし、その記述は数百、数千ページに及んでいることも少なくない。

ビタミンの発見が我々に教えたところによれば、それは極微少量の、補足し難きもの、更にまた、今日のいわゆる科学的には簡単に確かめ難きものであるが、我々の健康に対して最も潜伏的な影響を与うるものである。化学者たちは研究室の不手際な器具をもってしてはビタミンを遊離し得ないことを覚り、先史人の用いていた遥かに信頼し得べき方法に頼るに至っている。現代の生物化学者は、動物に食物を与え、その結果を観察することによって、食物のビタミンの値を確かめているのである。

ビタミン欠乏は、一般的身体の変質や多種の神秘的な恐るべき疾患を招来するばかりでなく、腸及び胃の重大な変質をも招致するものである。インド医務局の軍医ロバート・マッカリソン大佐は、最も著名な生化学者であり、かつ栄養学及びビタミン学の偉大な専門家であるが、氏は根本的重要性をもつ幾多の発見をなし、欠乏性疾患及び栄養に関連する重要な問題に関し、極めて優れた著書を公刊している。氏はまた、猿についてはなはだ貴重な栄養的実験を行っている。これ等の実験は特に注目を要すべきものである。

それというのも猿は身体及び消化器管の特性において、人類に最も近いからである。我々は氏の名著『欠乏性疾患』(1934年公刊)の210頁及び223頁に次の如く記述されているのを見るのである。

「ビタミン欠乏、またはその供給の不充分な場合には、たんぱく、脂肪、炭水化物または塩類等が、いずれも適当に効用せられ得ない。あるものは多量に浪費せられ、他のものは有機組織の有害な生成物を造り出すというような結果になる。かかる状況のもとにおいても、生命は長かれ短かかれ、支えられていくであろう。しかし、この期間中、身体は生命を支うるためにビタミンの予備貯蔵分を効用し、かつ重要性の少なき組織を犠牲とするのである。

栄養欠乏性及び不均衡性食物に伴って現れる最も初期の病理学的実証の一つは、これを動物について観察してみると、胃腸粘膜の充血である。かかる充血状態は、幼児の場合においては粘液性疾患を招来し、胃腸カタルを起こすはずである。この障害は主として殺菌せる牛乳、人工食、白パン、精白米、粗悪なバター、調理しすぎた野菜及び白砂糖をもって育てられた小児に極めて多い。現在、原因の不明な結腸炎がはなはだ多いということは、ほとんど言うを待たぬところである。慢性の貧血状態、弱い皮膚、しばしば床ずれ、または脂漏を起こす不健全な皮膚、体重の減少、倦怠、背痛、腹部の疝痛、便秘と下痢の交替的発症、粘液便、神経痛(ふつう、婦人患者に多い)は、この治療し難き疾患に伴う周知の特徴である。

ビタミンを欠く食物に伴ってもっとも普通に起こる結果のひとつは、結腸炎である。これは極めて多く見るところであるゆえ、ビタミン欠乏症の主徴として挙示して差し支えないであろう。これはビタミンBのみの欠乏に伴う結果として起こるものであるが、しかし、一般のビタミンを欠乏せる動物においても、しばしば看取せられたのである。この疾患に伴うその他の症状のうち、神経質な便秘症の婦人にみられるものの多数、例えば、貧血症、不健全な皮膚及び体重の減少等は、ビタミン欠乏症の猿について、実験的に再現せられたのであった。結腸炎の婦人患者に極めてしばしば起こる子宮及び卵巣の充血でさえも、これを猿に再現することができたのであった。人間の場合においては、かかる性質の病症は不幸にもはなはだ痼疾性(慢性の意味=再掲載注釈)である

かかる病症のあるものは、幼児時代から栄養欠乏性食物を長く常用せることによって起こったものであることを、余は疑わない。実験による結腸炎の発生は、かかる研究の最も重要な成果の一つであると考えている。将来結腸炎の発生を減少させようと思うならば、どうしても幼児期における栄養上の習癖に注意を払わねばならぬわけである。さもなければ、慢性結腸炎を起こし、どうにも始末に負えぬものとなるのである。

ビタミン欠乏性栄養をもって飼育せる鳩及び猿の起こす組織病理学的変化は、腹部筋肉構造と胃腸管の神経筋肉系統の両者を、その機能の点において同時に傷害するものである。若干の栄養素の欠乏は、すべての筋組織の萎縮のみならず、身体一般の機能障害または神経組織の現実的変質を招来する。腹部筋肉構造を支配する神経要素も、他の筋肉及び神経組織とともに、必然的に悩まされるに違いない。従って、ビタミン欠乏の結果として、究極においては、腹部筋肉構造の作用に欠陥を生ずるであろうと断言して差し支えないのである。
腹壁がかかる機能性欠陥を起こすとともにビタミン飢餓に陥れる鳩、モルモット及び猿は、腸壁それ自体の重大な神経筋肉性傷害の明確な証拠を具示する。

我々は、かかる結果を人体内の腸麻痺の発生に適用しても差し支えあるまいと思う。ことにこうした麻痺状態が、悪性食物を給与せられた戦時の捕虜に実際起こることが多いのを思えば、なおさらである。慢性腸麻痺発生の一因として、我々は種々の均衡及びビタミン含有量の点で標準に達しない人間の食物を、挙げなければならないであろうと思う。貧民階級の小児(しばしば中流階級の小児)の食物がこれらの点において、危険な欠陥をもっていることは疑いを容れざるところである。かかる食物によって幼児時代から育成せられていると、腹部筋肉構造の欠陥、腸の神経筋肉性傷害、粘膜の腺性要素の変質的変化が招来せられるものと考えられるのである」云々。
(続く)

(月刊『西式』第2巻 第1号(昭和13年=1938年3月15日発行)より再掲載

                     自 然 の 食 物(第4回)                       

                                                                                                      西 勝造

 マッカリン一等軍医正は『不正食と胃腸障害との関係』と題する講演を『ランセット誌』1922年2月4日号に公表し次の如く語っている。

「胃腸内の健全性はビタミンの適当なる給与に依存している。発育性ビタミンの欠乏は、胃腸管内において病理学的変化を起こすことがあるものであって、これはしばしば結腸炎の臨床的形態をとるのである。この観察は、かかる疾患が今日極めて多い事実に鑑み、最大重要性を持つのである。
ビタミンの欠乏は特に胃腸管の充血性及び出血性傷害の発生と関係を持っている。かかる症状の実証は、生存中、壊血病の臨床的病症を顕著に具示せざりし動物にも看取しうるであろう。胃腸管の不健全状態は、かくのごとくビタミンCの欠乏に因る壊血病前期症状をなすものである。特に食物がでんぷんまたは脂肪、あるいはその両者を過剰に含む場合においてはなおさらである。
ビタミン欠乏に伴う胃腸管の障害は、食物が均衡を失していれば、なお一層昂進する。かかる場合においてビタミン欠乏性及び不均衡性食物に因って起こる病理的過程は、次の如くである。

⒜粘膜内における充血性、神経症性及び炎症性変化——これは時としては胃腸管の全部を巻き込み、時としては、その限定局所を冒すこともある。
⒝胃腸管の神経筋肉機構における変質性変化——それは胃の拡張、小腸及び大腸の局所性鼓脹及び恐らく便堆積をも招来する傾向がある。
⒞胃腺、ブルンネル氏腺、リーベルキューン氏腺、粘液腺の変質的変化——かかる変化は消化及び同化過程の重症性障害を起こすに相違ない。
⒟疾患に冒された腸からの毒物吸収——これは腸間膜の変化によって実証せられるものである。
⒠感染要因に対する胃腸粘膜の防禦機構の傷害——これは出血性浸潤、リンパ細胞の萎縮、胃腸液の不完全生成によるものである。かかる傷害の結果、単に粘膜自体が感染を起こすば  かりでなく、顕微鏡的微生物を腸から血流中に侵入させるようになる。
⒡胃腸管内における病理学的変化は、ある人々においては、他の人々よりも顕著である。かかる変化のすべてが同一の人に起こることもあるが、個々の人においては、特殊傷害の発生にかなりの差異が見いだされるのが普通であることを忘れてはならない」云々。

  マッカリソン一等軍医正の記述せるがごとく、ビタミン飢餓が事実上『消化管の充血性及び出血性傷害、消化管の神経筋肉機構及び分泌機構の変質性変化、腸からの毒物吸収、感染性要因に対する消化管の防禦手段の傷害』を招来するものとすれば、ビタミン飢餓が腹部全機構の破壊を起こし、宿便保留、すなわち慢性便秘及び慢性自家中毒症、アーバスナット・レーン卿の腸麻痺及びこれに伴うすべての結果を招来することは、きわめて明白である。

マッカリン大佐は、猿につき実際的実験を行い、一般の科学批判者達も、これを容認しているが、氏はこの実験を通じて、ビタミン飢餓が「胃腸管の傷害」「粘膜の充血、神経症性及び炎症性変化」「胃腸管の神経筋肉機構の変質性変化」「胃腸管の分泌要素の変質性変化」「疾患を生ぜる腸からの毒物吸収」「感染性要因に対する胃腸粘膜の防禦手段の傷害」及び「顕微鏡的細菌の腸から血流中への転入」を招来すべきことを明確に示したものであった。

マッカリソン大佐は『王立医学協会誌』1925年1月2日号に「食物の問題、特にインドに関連して」と題する講演を発表し、次のごとく語っている。

「ビタミン欠乏性の食物を長く摂取していると消化液を生成する細胞や食物を吸収する細胞に萎縮性及び変質性変化が招来せられる。従って、食物はよく消化せられず、あるいは良く同化せられない。食物は、毒性物の生成を伴う発酵及び腐敗性変化を受け、他面かかる毒物は、患者の不幸な状態を助成する。かくして不正循環が確立せられるのである。
これは胃腸管の運動を制御すべき神経筋肉機構の萎縮性及び変質性変化を、さらに著しくし、その結果、胃腸の種々なる局所に拡張が起こり、結腸炎が発生し、究極においては筋肉及びその神経制御が、はなはだしくその機能を障害せられるため、腸はその含有物排除するに、非常に困難を感ずるに至るのである。

かくして便秘が招来せられるのであって、この極めて通例的な病態に対し、アーバスネット・レーン卿は、慢性胃腸麻痺という名称を与えている。かかるビタミン欠乏食をもって飼育せる猿及びモルモットにおいては、余は胃及び十二腸の潰瘍さえ看取した。これはビタミン欠乏食に伴う結果であった。余は一度、ある機会にビタミン欠乏食をもって飼育せる猿に、新発性癌を見出したのであった。

この癌は思うに —— もちろん間接的にではあるが —— 右と同じようにして発生したものであろう。動物または人間の食物にビタミンが欠乏し、かつその他の欠陥がある場合に活動してくる疾患発生性要因のうち、最大なるものは病理学的微生物(細菌及びその他)である。

野生の猿に関する一つの実験は、この点において、余に対し甚大なる刻銘を与えたのであった。すなわち余は、若干の野生猿を同一の部屋に飼い、それぞれ一個の檻を与えた。若干の猿には、ビタミンを豊富に含み、かつよく均衡のとれた自然の食物を給与し、他の猿には、耐圧加熱器で長く加熱した食物を支給して、ビタミンを欠乏せしむるようにした。
第一群の猿は完全な健康を保っていたが、第二群のビタミン欠乏食を与えた猿の中には、アミーバ性赤痢を起こすものが多かった。良質の食物を与えた猿の中にも、この形態の赤痢に伴う『アミーバ』の保菌猿があったが、良質の食物のために赤痢に冒されなかったのである。
これに反してビタミン欠乏食を受けた猿は赤痢を起こしたのである。これ等の猿は同一の部屋に入れられていた関係上、赤痢発生微生物に冒される同一の機会 —— 同一のハエ、同一の付添人及び同一の血という環境 —— の中にいたわけであるが、この疾患の発生上における決定要因は、これ等のものでなくして、不正栄養であったのである」云々。
(続く)

(月刊『西式』第2巻 第1号(昭和13年=1938年3月15日発行)より再掲載)

 

                                                            自 然 の 食 物(第5回)                       

                                                                                                                 西 勝造

 

軍医マッカリソン大佐が文盲者にも了解せられるほど明確に挙示せるところによれば、ビタミン飢餓に伴う最も恐るべき結果のひとつは、それが栄養管の全体にわたって遠達性障害を与え、かつ胃及び腸がはなはだしく傷害せられることであるという。

ビタミン飢餓の猿は、文化の特殊疾患、すなわち宿便保留症あるいは慢性腸麻痺及び結腸炎のごとく胃及び腸の両者を冒す疾患に、激しく侵されるという。更にまた、マッカリソン大佐の言うがごとく、ビタミン欠乏は「胃腸管の充血性及び出血性傷害の発生」を招来するものであるから、宿便保留者、すなわち慢性便秘症者の虚弱かつ傷害せられたる腸に停滞せる腐敗性食物残滓物から、疾患性細菌が発生して、容易に系統中に侵入し、かつ身体を全体的に中毒化させるとしてもあえて異とするに足るまい。

私は、これに関連する同様の引用文を以って、浩瀚な(こうかんな/巻数、ページ数が多いこと)一書を容易にまとめることもできるくらいである。それというのも、多くの生理化学者は、マッカリソン大佐と同じような実験を行っているが、その結果はいずれも同じであったからである。

マッカリソン大佐は「英国医学雑誌」1926年10月23日号に「良き食物と悪しき食物」と題し、極めて重要な論文を発表し、ネズミについて行いたる実験の報告をなしている。

一組のネズミは、「良き食物」をもって飼育した。これは粗質物(繊維質)、ビタミン及び鉱物性要素(ミネラル)に富む淡白な自然食物によって生活するシーク族の摂取するものに類似せる食物であった。

これに反して、他の一組のネズミは文化の「科学的食物」すなわち粗質物、ビタミン及び鉱物性要素を剝奪せられた人工的な精錬性食物を以って飼育したのであった。その結果につきマッカリソン大佐はつぎのごとく語っている。

 

「二群の半成育性鼠族を用いた。各群には、二十匹のネズミ、うち十二匹は雄、八匹は雌であった。これ等のネズミは、同年齢の同一腹子十匹または十二匹から選択して、これを二群に別ち、出来るだけ二群の生育可能性を同一状態に保つように努めたのであった。

各群のネズミの平均重量は、同一すなわち2,540グラム(10匹の合計重量と思われる)であった。これ等のネズミは同一の部屋に置き、正確に同一の構造よりなるカゴに入れ、同等に世話をした。

第一群のネズミには「良き食物」すなわちシーク族の食物に類似せるものを給与した。これは篩(ふるい)にかけない麦粉【アッタ】(インドの全粒小麦粉)で造った「チャパチー」(チャパティ=非発酵のインド式パン)、調理せざる野菜【キャベツ、馬鈴薯、にんじん】、新鮮な果物、発芽せるガム【莢(さや)豆】、バター、新鮮な全乳清水及び新鮮な肉【時折】からなっていた。

チャパチーの上に2グラムのバターを振りかけたものを、三日または四日毎に全群のネズミに与えた。この群属のネズミに給与せる牛乳は、毎日約300㏄であり、一週に一度与えた肉は二オンス(1oz=28.5g)であった。

チャパチー、発芽せるガム、調理せざる野菜及びトマト【果物の代わりに】を自由に与えたので、ネズミは自分の欲する食物の分量を自ら選定し得たのであった。

第二群のネズミの食物は、悪しき食物、すなわち西部欧州諸国の貧民階級に属する多数の人々が摂取する食物に類似せるものである。これは米国産の白麦粉から造った白パン、少量の重炭酸ナトリウム(重曹)及び食塩を加えた水によって調理せる野菜【キャベツ、ニンジン、トマト等】、人造バター【椰子油1ポンドに硼酸100グレンを加えたもの】(1ポンド=1lbは、約454グラム、100グレン=gr=約6.5グラム)、缶詰製肉【数時間フォルムアルデヒード蒸気に曝したもの】、缶詰製ジャム、紅茶【砂糖及びミルクを加えて、普通の色合いとせるもの】及び水からなっていた。

この実験の終わりにおいて、良き食物を給与せられた群属のネズミは十七匹 —— 雄十匹及び雌七匹 —— 生存し、かつ健全であった。

悪しき食物を受けた群属のネズミは、実験の終わりにおいて、十一匹 —— 雄五匹及び雌六匹 —— 生存していた。従って、前者の群属においては、すべての原因に基づく死亡率は15%であったが、後者の群属においては45%であった。

しかしながら、第一群の生存せるネズミはよく発育し、滑らかな毛が生え、強くかつ活発であったが、第二群のネズミは発育不良で、毛並みが悪く、虚弱でかつ落ち着きがなかった。

良き栄養を与えた群属の中で、死亡せる三匹のネズミのうち、一匹は腹部の傷害で死んだものであった。死体解剖検査によると、このネズミも極めて良く発育していた。その器官は完全に健全であった。第二のネズミは肺炎で死亡したが、その胃腸管は疾患に冒されていなかった。

不良な栄養を与えられた群属のネズミで死亡せるもののうち、三匹は仲間のネズミに食い殺されたのであった。—— しかも、あまりにも完全に食い尽くされていたので、死後の屍体検査をすべき何物もほとんど全く残っていなかった。これ等のネズミが食い殺されたという事実は、その身体が虚弱であったことを示すものである。

他の六匹の直接的死因は、気管支性肺炎であった。当時、余の飼育するネズミの中においては、気管支性肺炎は極めて稀有であって、毎日平均375匹にも達したネズミの中で、六ヶ月間に、この疾患に冒されたものは、この三匹のみであった。

従って悪しき食物に伴う一つの結果として、疾患の細菌性能因の侵略に対する肺臓の抵抗力が低下していることが明らかである。—— これはクラマー【Cramer】氏がすでに強調せるがごとく、ビタミン欠乏性の不正食物に伴う結果である。

他の三匹の死亡ネズミの屍体解剖の結果 —— これ等の結果の中で最も重要なるものは胃腸管内の変化であって、これは胃腸の機能力を傷害していた。この点については解明として、余は屍体解剖の時に記録せる二つの覚書を引用しておきたい。

「腹の切開に際し、第一に看取せられた事実は全胃腸のはなはだしき拡張と薄化(はくか)、腸の萎縮、鼓脹及び透明化、腸麻痺であって、これは我々が栄養不良性動物に付き熟知せる症状であって、1919年、鳩及び猿において初めてこれを看取したのである」云々。

今一つの屍体解剖に於いては、

「このネズミは今日まで我々の観察せる他のすべてのネズミの腸に対し、異常な対照をなしていた。腸の管腔は著しく狭化し、腸はその全長にわたって乾物屋の用うる紐ほどの厚さしかなかった。腸の腫脹すなわち気閘(きこう/エアロック)は所在していないが、腸麻痺は顕著である。

腸の下方部分は順次に所在せる硬き卵形の糞便で充満し、その中間部分は狭くなっていたので、あたかも数珠玉と同じくらいの間隔を置いて糸に通した数珠のようであった。

この実験の実証するところによれば、篩わぬ小麦粉、牛乳、牛乳製品、発芽せる莢豆、調理せざる野菜及び果物、時折の新鮮な肉よりなる食物は、白パン、紅茶、砂糖、人造バター、ジャム、煮た野菜、缶詰肉【これに対しては普通の食品保存剤 —— 硼酸、フォルムアルデヒード蒸気及び燐酸が加えられている】よりなる食物よりも、その栄養価において遥かに優越している。

前者は身体の能率及び健康を増進するが、後者は発育の矮挫(わいざ=発育不全の意味と思われる)、身体能率不全を起こし、しばしば疾病をも誘発するのである。悪しき食物によって土台をつくられ易い疾患は肺疾患及び胃腸疾患である。不正性及び不均衡性食物が、今日極めて多く見るがごとき胃腸疾患を起こすようになることについては、余は既に繰り返して挙示しておいたところである。この実験はかかる効果をさらに裏書すべき実証を成すものであり、さらにまた、普通の食料品保存剤が、かかる食物に有害な結果を及ぼすことをも示唆している。

不良栄養を以って飼育せられたネズミ群のなかで肺疾患に冒されたものが多かったことは「白パン — 人造バター — 紅茶 —白砂糖食」とも称すべき食物が、肺臓を冒す病理学的能因の作用を助長する結果のあることを顕著に教示するものである」。

(続く)

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

 

月刊原稿再掲載

ここに掲載する内容は、月刊『西式』第2巻 第2号(昭和13=1938年4月15日発行)に掲載された、学祖西勝造先生の原稿を再掲載したものです。なお、多くの現代人にとって判読が困難と思われる旧字体、旧仮名遣いは、原文の雰囲気を損なわない程度に、現代の標準的な文字、仮名遣いに改めております。ご了承ください。

原文におけるカッコは【 】で、また今回の再掲載に当たって付けたカッコは( )としています。

(月刊『西式』第2巻 第2号(昭和13年=1938年4月15日発行)より再掲載)

 

                                                            自然の食物(第6回)                   

                                                                                                            西  勝 造

自然に近い食物を与えたネズミが良く発育し、人間が善智全能を傾けて考えた栄養価値充分なりと思惟した、いわゆる文化食なるものを与えたネズミが激しく苦しめられたという事実は、明記しておくべきである。中には人間とネズミとを直ちに比較してはならないと言うかもしれない。無論実験と研究の目的と方法によっては比較のできないものもあるには違いないが、同一条件の下における比較試験動物の実験は信じて差し付かえないと思う。先に猿の場合に看取せるがごとく、ネズミの場合においても「全胃腸管の腫脹及び薄化、腸の萎縮と鼓脹と透明化、腸麻痺」が看取せられたのであった。

もしも、猿、ネズミ及び鳥がビタミン飢餓に陥ったときに胃及び腸の急性変質、腸壁の虚弱化、その裂傷及びこれに伴う自家中毒に捉われるものとすれば、人間の場合においてもこれと同一の原因が同一の結果を起こすものと確定するのは当然である。これは実際また、その通りである。腸麻痺症の腹部切開及び生存中に腸麻痺に冒されていた患者の死体解剖を行ってみると、前記と類似の状態が啓示せられる。

著名な科学者プリンマー教授は、ビタミン飢餓によって鳥に虫様突起炎を起こさしめることができた。かくのごとくビタミン飢餓と腸壁の重症性虚弱化及び自家中毒症の関係は、すでに十分実証せられているところである。ところが、多くの既刊専門医書を研究するだけの労力を惜しまぬものから観れば、極めて明白な如上の事実をさえ拒否する科学者や医師が、遺憾ながら甚だ多いのである。

 

ビタミンが人体に対して重要性をもつことは、動物に対するビタミンの重要性によって推知せられるであろう。我々はダブリュー・エム・トッド博士の名著「飼養に関する示唆」【1924年公刊】の207ページに、次のごとく記述されているのを見るのである。

 

「豚を汚れた小屋に入れ、安価なあるいは他では役に立たぬようなもので飼育する旧来の方法による場合には、成育中または肥育中の豚の生体重量を1ポンド増すのに、6ポンドないし8ポンドを必要とすることが普通であった。然るに豚を草原又は耕地で飼育し、あるいは小屋又は囲い垣に入れて青物を与え、これと併合して正しく均衡のとれた分量の肉を給与すると、2ポンド又は2ポンド半のごとき少量の肉をもって、生体重量を1ポンド増すことができるのであって、この場合においては、青物が食物のかなりな分量を占めている。

あるいは、肥育性豚におけるがごとく、青物が食物の僅少分量を占めているに過ぎぬときには、3ポンドないし3ポンド半の肉によって1ポンドの生体重量を得ることは極めて容易である」云々。

アール・エッチ・エー・プリンマー教授は『医師と栄養学者―若干の一般原則』と題する貴重な論文を「開業医」1926年3月号に発表している。プリンマー氏は、著名な解析学的及び生物学的化学者であるばかりでなく、実践的栄養学を著しく躍進させた著名な実験学者でもあるが、氏は前記の論文中において、次のごとく語っている。

「諸種ビタミンの軽少な欠乏に伴う特異な症状は、それが現出するまでに長き時間を要するものである。あまたの場合において、疾患の第一次徴候は、消化不良に伴う食欲不振である。動物は腸管の閉塞、胃又は十二指腸潰瘍を起こすことが多く、ビタミン欠乏性疾患の典型的症状が現れる前に虫様突起炎又はその他の障害のために死亡するであろう。欧州大戦中において、ビタミンCの欠乏せる負傷者の傷は、治り方が遅々としていたのであった。心臓疾患及び消化障害は、ビタミンBの欠乏によって引き起こされるものである。種々なる程度のビタミン欠乏の下において、実験動物は、ありとあらゆる感染を被りやすい。ビタミンに乏しき食物で飼育せる動物は、流行性の感染性疾患に倒れたのであった。しかも、すべてのビタミンを充分に含有せる食物によって飼育せられた動物は、前記の動物と並べて入れておいても、かかる疾患に冒されなかった。これ等の実験をここで詳細に述べることはできない。しかしながら、これは健康というものが、いかに種々のビタミンを充分に含む食物の給与によって、密接に左右せられるものであるかを示す一証左である。適当に飼育せられた動物に対しては、清潔性の欠乏、不良な飼育場及び拘束も、疾患を起こさない。

ビタミンBの最も重大なる消失は、穀物の精製の際に起こってくる。篩(ふるい)にかけざる麦粉は、充分なビタミンBを含んでいる。文化国人の食物の3分の2は、精製せる穀物及び砂糖により成っているので、食物の残余の3分の1をもって、かかる多量のビタミンBの消失を補給することは困難である。それというのも、精製せる穀物の欠乏を補給し得るほど多量のビタミンBを含む食物はほとんど無いからである。

ビタミンCは極めて破壊せられやすい。果物及び野菜の壊血病抗止力は、普通の家庭及び商売上で行われる乾燥、加熱、酸化によって失われてしまう。キャベツ及びトマトの含有するビタミンCの分量は、これを20分間煮ると減少し、もしも長く徐々に煮沸すれば、全く失われる。二度目の煮沸を行えば、なおさら、全く破壊せられてしまうのである。それは既にパストール氏殺菌を行える牛乳の煮沸の際に看取せられたところである。ビタミンCは、アルカリによって迅速に破壊せられる。これは野菜を調理する時、青色を保つためにソーダを用いる場合にみられるところである。幼児性壊血病はクエン酸化せる牛乳を用いることによって起こるものであり、重炭酸ナトリウムも同じように有害である」云々。

(続く)

(月刊『西式』第2巻 第2号(昭和13年=1938年4月15日発行)より再掲載)

                                                     自然の食物(第7回)                   

                                                                                                    西  勝 造

 アスレット・ボールドウィン博士は『英国医学雑誌』1925年3月28日号に一つの論文を発表している。博士は、金魚の飼育中において興味ある事実を発見したという。篩にかけざる小麦粉製のパンくずのみで八ヶ月間飼育した金魚は、勢いが良かったが、白小麦粉製のパンくずで飼育した金魚はことごとく死亡したという。人間は金魚ではない。

しかしながら、犬、鳥、ネズミ及びその他の動物について行いたる同一の実験においても、篩(ふるい)にかけざる小麦粉製のパンで飼育せるものは、健康と長命とを享受していたが、白小麦粉製のパンで飼育せるものは、疾患、不妊及び死にさらされたのであった。

ウイリアム・プカン氏は、百年以上も昔の田舎の医師であるが、彼は異常なる観察力を備えていた。その名著『家庭医学』【1797年公刊】の653頁には、次のごとき記述がある。

「人々の考えるところによれば、精製せる麦粉は最大量の栄養を含んでいるので、パンを造るに最も適当しているに違いないという。しかしながら、これは決して左様ではない。精製せる麦粉はデンプンに最も近く、時としては良き薬となることもあるが、良きパンとはならないのである。篩わざる小麦を挽き、粗い麩(ふすま=小麦胚芽)のみを取り除いて造れる家庭製のパンは、言うまでもなく最も健全である。

パンはしばしば目を楽しますために、台無しにせられている。人工的に白くし、乾燥させ、箱詰めにしたパンは小麦の髄で造ったものであるが、事実、最悪のパンである。しかも多数の人々が好んで摂取するのはこのパンであり、貧しい人々は、これ以外に食べるパンがないのである」云々。
篩わざる小麦粉製パンが、白小麦粉製パンに比し、はなはだしく優越していること、すなわち前者は粗質物、ビタミン及び鉱物性要素を含んでいることは別稿『ビタミンと食物』、ヒポクラテスケルスス及びその他多数の学者が公刊せる幾多の重要な文献によって挙示せられている。

英国保健省の発表せる『公衆衛生状態に関する政府報告書』【1926年公刊】の136頁に次のごとく記述されている。

「失業の重圧の激しい工業地域においては、多数の人々の消費する食物の性質は、幾多の点において改善すべき余地がある。紅茶、白パン、人造バター、馬鈴薯及び時折の少量の肉は、多数の人々の常食物を構成している。かかる食物を摂取する授乳期の母親は特異な貧血症容貌を現わしているし、かかる母乳で育てられる嬰児もまた貧血症に陥り、クル病に伴うその他の兆候及び症状 —— 頭部発汗、腸管のカタル及び亜急性肺炎に対する、著しき罹患性を現すものである。かかる形態の病症が悪性である場合においては、母親に対して毎日一瓶の牛乳が給与せられている。しかしながら、こうして牛乳のみを与うるよりも、母親を説服してビタミン欠乏に近い食物の代わりに、ビタミンを充分に含む食物を摂らせるならば、もっと優れた結果を達成し得るのである。こうして勧めた食物は、母親が従来摂っていたものよりも、余計に金のかからぬように注意すべきである。

離乳 —— 六ヶ月又は七ヶ月までは母乳によって良く育ってきた嬰児が、その後に至ると発育不良となり、かつ貧血症となるのを見ることがはなはだ多い。かかる場合に検査してみると、白小麦粉製パン、若干の専売性デンプン含有食料品、葛粉、トウモロコシ粉、オートミールまたは他の穀物が給与せられていたことが、常に判明するのである」云々。

科学的に改善せられて”いない、自然な食物の含有する鉱物性要素の重要性は、家畜飼育の経験を持つ人々の熟知せるところである。しかし、これ等の問題を本稿のごとき小紙数の中に詳述することは妥当ではないと思う。いずれにしても、その重要性は有能な飼育業者の良く知っているところである。ヴイ・エー・ウイルキンス博士の執筆になる英国政府報告書『研究と土地』の209頁、213頁には次のごとく記述されている。

「しかしながら、動物体は有機性構成要素の他に少量の無機性鉱物質を含んでいる。これは動物又はその一部分が焼かれるときには灰となるものである。この灰に含有せられる最も重要な鉱物性要素はカルシウム【石灰】、ナトリウム、ポタシウム(カリウム)、マグネシウム、鉄、燐、硫黄、塩素及びイオヂン【ヨード】である。これ等のものは、言うまでもなく比較的少量に所在しているにすぎない。

羊 —— 乾草、スウェーデンかぶら、燕麦(オーツ麦)、醸酒したる穀粒及び亜麻仁種子製薄パンと肝油等の糧食の他に、石灰を豊富に含む鉱物性塩(岩塩)を付加したところ、かかる鉱物質の付加を受けざる羊よりも、その体重を約25%多く増大した。

今ひとつ、もっと大規模な実験を妊孕(にんよう=妊娠可能)せる牝羊について行った。二つの群属【各20匹】の牝羊を約半エーカー(約2千㎡)の牧場に入れ、藁(わら)、乾草、スウェーデンかぶら、燕麦及び麩で飼育した。

一群の牝羊は、前記の糧食に加えて、全妊孕期を通じて、毎月1匹に付き溶解性石灰塩【塩化カルシウム】を8グラム与えた。この群属においては24匹の牝羊から6匹の仔羊が生まれたに過ぎない。これに対し石灰塩を受けざりし他群属の牝羊は21匹の仔羊を生んだのであった。しかし、塩を与えた群属の仔羊は、平均してその出生時の体重が12%重かった。

思うに過剰な塩化カルシウムが子宮を刺衡して、これを不規則的に収縮させたのであろう。それというのも、若干の牝羊は流産を起こし、出生の時に胎児の異常位を現わせるものが多かったからである。

1ガロンの牛乳は、ほぼ4分の1オンスの石灰、3分の1オンスの燐酸及び6分の1オンスの塩素を含んでいる。これ等のものは食物中に最も欠乏していると考えられる三つの鉱物質である。食物中の鉱物質の半分くらいは、通例同化せられるものであるから、各ガロンの牛乳に対しては、かかる量の2倍のものが糧食中に所在しておらねばならない」云々。

(続く)

(月刊『西式』第2巻 第2号(昭和13年=1938年4月15日発行)より再掲載)

                                           自然の食物(第8回)                   

                                                                         西  勝 造

我々はダブリュー・エム・トッド博士の名著『飼育に関する若干の示唆』【1924年公刊】214頁に次のごとく記述されているのを見るのである。

「子豚を強く、かつよく発育せる状態において出生されんと欲するならば、牝豚の食物は骨格生成のため、充分なる燐酸石灰を含んでおらねばならない。

かかる用意を閑却する(「なおざりにする」の意)と、奇形な死亡せる矮小な弱き仔豚が生まれるであろう。牝豚を牧養せる土地の土壌が石灰を欠いているならば、草または糧秣(兵員用の食料及び軍馬用のまぐさ=軍事用語)で飼育しても、かかる仔豚の生まれる傾向が著しく増大するのである」云々。

幾多の広告を通して完全な溶解性と消化性をもつ食物として推薦せられているものは、まやかし物であり、落とし穴である。種々なる食料品の含有する粗質物、不消化物は、無智な学者がその著書で主張しているように、単なる「不消化性残滓」ではない。これは我々の健康に対して最大の価値をもつものである。不消化性残滓が腸機能の刺激性物質としてもつ莫大な重要性は、幾多の医師及び科学者の指摘せるところであった。例えばビー・ジェー・カムミッヂ博士の名著『幼児及び成人の糞便』【1919年公刊】の316頁、317頁及び325頁に次のごとく記述されている。

「良く調理せる米、精製せる小麦製のパン、注意深く料理せる肉、卵の白身及びバターは、すべて糞便内に何ら明確な残滓物を残さない。かかる食物よりなる、いわゆる『正常食』を摂る場合には、糞便はその大部分あるいはその全部が、消化液及び胃腸管の分泌物の残滓によって構成せられている。

もっぱら肉よりなる食物を摂る場合には、人間でも犬でも糞便の通過は著しく渋滞する。その糞便は外観から言うと飢餓中の物と類似し、これと同じく顕著な糞臭を有していない。食物の構成分は、蠕動を刺激する重大な能因であるゆえ、その成分または調理方法のため、極めて完全に吸収せられる食物は、便秘を起こす傾向がある。主として肉または牛乳よりなる食物は、この理由よりして腸の遅滞を起こす傾向がある。

優れた料理人がしばしば行うごとく、肉から一切の不消化性残滓を取り除くときには、この傾向はなおさらはなはだしい。他方において、炭水化物は、いかに注意深く調理しても決して便秘を招来する恐れはない。それと言うのも、これ等のものは機械的残滓をほとんど残さないけれども、蠕動を刺激する種々な酸性生成物及びガスを造るからである。脂肪の消化によって生ずる脂肪酸及び石鹸もまた腸運動の刺激剤として働くものである。従って、脂肪を欠如する食物は便秘を起こすであろう。主として野菜よりなる食物は、機械的に腸を刺激すべき多量の繊維素性残滓物を残すものである。あまり、少量の水しか摂取しない場合、あるいは過剰な液が何らかの方途によって身体から失われる場合には、糞便は乾燥してこれが腸に長く残存するようになる。他方において収斂(しゅうれん)性飲料物、例えば濃き茶、カレット(何を指しておるか不明)等を過剰に用いると腸は閉止せられるであろう。従って、患者の食物を検査してみると、便秘の原因につき、かなりの光明の得られることが多いのは明らかである」云々。

 ジョシア・オールドフィールド博士は、その名著『便秘、その原因及び治療』【出版年月日付なし】において、次のごとく語っている。【20頁及び40頁】
「通常の人々は、はなはだしく非合理的である。これ等の人々は何よりもまず濃縮せる食物によって生活せんと欲するのである。それというのも、かかる食物は栄養性を多分に持ち、しかも何らの不要物を含有しないからである。この結果として、下方の腸は何らなすべき仕事を持たず、したがって便秘に苦しむようになるのであるが、そうなると今度は自分の遵奉(じゅんぽう=守る、信じるの意)する摂食法の成果を治すために、即時に丸薬(便秘薬のこと)を服用するのである。

我々が濃縮してほとんど不要物を含まぬ食物によって生活すれば、排除すべき不用物があろうとは考えられないゆえ、便秘が起こってもそれは当たり前の話である。

自然な輾割(てんかつ)せる(「臼等で挽いた」の意味と思われる)トウモロコシ粉または破砕せる小麦、あるいは篩わない小麦粉を食べる人々は、慢性便秘を訴うることは稀である。便秘が最も多いのは、白小麦粉、揑麦粉(ねりむぎこ=水で錬った小麦粉)及び精製せる穀物以外の外皮を取り去ったものを常食とせる地方である。

したがって、これに対する最良の方法のひとつは、即時に日常の白パンの一部分を篩わぬ小麦粉パンに代え、揑粉(ねりこ)菓子及び菓子の代わりに良質の磨臼(すりうす)製小麦粉を用い、一日に一度一椀のスコッチ・オートミール粥とトースト、もしくは粉砕せるオートミール粥を摂ることであり、あるいはその代わりに一皿の古代式英国法フルメンチー(牛乳に小麦粉、香料、干しブドウ、砂糖を加えて煮た料理) を摂取するようにすればなお良い」云々。

周知の学者ダブリュー・エス・ウオルシュ博士は、その名著『便秘の克服法』【1934年公刊】の14頁において、次のごとく語っている。

「消化後において、ほとんど不用物を残さない食物は、腸の活動に対して好ましいものではない。それというのも、若干量の残滓は必要であるからである。粗質性食物は、不用物に対して嵩(かさ)を加えるので、腸はより良く清掃を行い得るのである。ほとんど残滓物を余さぬ食物としては、肉、卵、白パン、精米、トマトをあげておきたい。これ等の食物は栄養に関する限り、良好なものである。しかし、これを多量に常規的に摂取して、他の嵩張った食物を除外すると、便秘が助長される。これ等の食物と反対に、野菜、果物、麩(胚芽)を持つ穀物及びパン粉は、腸に対してその必要とする嵩を与うるのである。

不適当な食物は、恐らく遅緩(ちかん)せる腸の最大の原因である。適当な食物は、主要な治療法である。我々は一定量の栄養を必要としている。しかしながら、腸の健全性を保つためには、これに加えて若干量の不消化性物質が必要なのである。」云々。

ドイツの著名な権威エー・マグヌス・レヴィー教授は、シー・フォン・ノールデン教授の大著『代謝と医学』に「代謝の生理学」と題する一章を寄稿している。我々は、第一巻の五十頁に次のごとく記述されているのを見るのである。

「糞便の生成は主として、食物の残滓に所依している。糞便の量ということは、決してどうでも良い事柄ではない。それというのも、糞便の量は、腸によって行われるべき仕事を大体において表示するからである。糞便の体積は純然たる機械的作用を有し、腸管の壁を刺激し、蠕動を増進し、腸内含有物を前進させるのである。草食動物はウサギのごとく、何らの残滓を残さぬ食物で飼育すると死亡するであろう。成人せる人間は何らの残滓も残さぬ食物または純粋な乳のごとく、極めて僅少の残滓しか残さぬ食物によって生存し得るようには造られていない。ただ乳のみによって長い期間生存し得るのは、その嬰児期のみである。残滓を持たぬ食物を摂るときには、蠕動は緩慢となり、種々の障害が起こされるであろう。かかる障害は、最初は主観性であるが、後には消化の客観性障害を起こすようになる。かかる食物残滓の重要性は、これに対して『腸浚渫物』(ちょうしゅんちょうぶつ=今日では「しゅんせつ」と音読するのが一般的で、「底面をさらって土砂などを取り去る土木工事」のこと)という名称が与えられていることから見て一層明確である。肉食動物もまた、食物残滓なくしては済まされない。肉食動物が骨を貪り食うのと同じく、草食動物は、砂、羽毛及びその類似物を嚥下するのである」云々。

(続く)

(月刊『西式』第2巻 第3号(昭和13年=1938年5月15日発行)より再掲載)

                 自然の食物(第9回)      

                         西  勝 造

米国の著名な、腹部疾患に関しては一流の専門家であり、かつ医大教授であるサムエル・ティー・アール博士は、その名著『肛門、直腸及びS字状部結腸の疾患』【1911年公刊】の67頁及び70頁において、次のごとく語っている。

「宿便すなわち慢性便秘を防止し、あるいはこれを克服するうえにおいて食物の効果が大いにあるということは、これをいかに強く主張しても十分には徹底しない。あるいはまた、この点において食物の演ずる役割は、恐らく、その半分も専門家または一般の人々には把握されてはいないと思う。もしも糞性排泄物の10分の9が、不消化性物質、消化性物質の過剰分及び食物の残屑によって形成せられていることを銘記しているならば、最近における食物の調理法の大躍進に伴う不消化性物質または残滓がほとんど残されず、かつ文化圏のかかる食物精製法により食物が濃縮せられ、かつ精錬せられた性質をもつようになったために便秘が誘致せられるゆえんは、容易に諒解せられるであろう。

我々の食物中の窒素性部分は、硬い糞便を詰めたり、あるいはこれを生成したりする傾向をもつものであるが、これを防止せんとするには、かかる食物と共に多量の野菜及び果物を摂取しなければならない。野菜及び果物は、かなりの量の繊維素を含有しているが、繊維素は人間の腸管内においてはほとんど全く消化せられない。

ただし、ある限度において、繊維素を破壊し得うべき顕微鏡的細菌が、腸内において繊維素に逢会すれば、ある程度まで繊維素が破壊せられることは勿論である。従って、繊維素は不消化物を豊富に提供するわけであり、かくして不消化物は窒素性不用物を分離し、海綿(スポンジ)のごとく働いて水分を保留し、腸粘膜の輸入神経を刺激すべき機械的刺衝物となるのである。従って、我々の食物は豊富な分量の粗質性野菜、外皮のついた果物、適当に調理せる穀物及び篩(ふる)わない小麦パン粉をもって構成せられねばならない」云々。

ダブリュー・エセック・ウィンター博士は、その名著『小医学』【1923年公刊】の29頁において、次のごとく語っている。

「糞便は、摂取せる食物の非消化分及び不消化分、消化液の残滓、肝臓から胆汁に混じて返還せる多少とも有害な物質及び腸管内に繁殖する諸種の顕微鏡的微生物から成っている。糞便の排出量は、必然的に食物の分量及び溶解性に伴って変化するものである。飢餓、あるいは生まれたばかりの嬰児にみるがごとき絶食も、完全に糞便を滞らせることはないのであって、これは直腸が排泄を行う度数と安易性に対し重要な影響を与えるものである。果物の種子及び外皮、若干の麩(胚芽)【例えば、若干の黒パンまたは篩わぬ小麦粉製パンの含有するもの】、及び野菜の繊維素分のごとき不消化物を、非刺激性でかつ容易に幽門を通過するような食物に加えて摂取することは、腸の規則的作用を助長する上において、健全なるものと見なさなければならない。精密に選定しかつ調理せる食物【白パン等を含めて】、すなわち前述のごとき、粗質要素を取り除きたる食物のみによって生命を維持せんとする効果は全くこれと反対である」云々。

英国ガイス病院の医師アーサー・エフ・ハースト博士は、その著『便秘とこれに関連する腸障害』【1929年公刊】の28頁、49頁及び51頁において、次のごとく語っている。

「結腸内における停滞の程度は、食物に依存する。それと言うのも、野菜性食物は動物性食物よりも大きな残滓物を残すばかりでなく、腸分泌の量を増大し、より多数の細菌の発生を助長するからである。

腸の機械的刺激が、極めて重要性をもつことは、草食動物においてこれを観ることができる。つまり、草食動物は、繊維素が充分に給与せられないと死亡してしまうのである。さらにまた腸の活動を維持するために肉食動物は骨を必要とし、穀物を常食とする鳥類は、砂及び羽毛を必要としている。人間の場合には、野菜を全く欠如する食物を摂取すると、激しい便秘が起こるのである。

小腸の活動は、主としてある種の食物、及びその消化産物によって起こる化学的刺激の、刺発すべき局所性反射に依存している。この場合においても、野菜性食物は動物性食物よりもはるかに重要である。

腸運動に対する機械的刺激及び化学的刺激は共に、肉食よりも野菜食の場合の方が多い。したがって、蠕動【腸の活動】は、肉食者よりも草食者において一層活発であり、混合食者よりも野菜食者において一層活発である。

食物に繊維素を付加すると、若干の食物残滓が排泄せられるばかりでなく、糞便のその他の構成分が増加せられる。粘膜の機械的刺激は、分泌の増加のみならず蠕動の増大をも誘致し、その結果、より多くの腸液が再吸収を免れる。炭水化物の細菌性分解【小腸内における炭水化物の消化及び吸収は繊維素によって減少せられる】は、物質を生成し、化学的に分泌及び蠕動を鼓舞して、糞便中の腸液をさらに増加せしめる。最後に、より大きな食物残滓及び、より多くの腸液の所在は、細菌の発生を助成し、さらに糞便の排出量を増す結果となるのである。

腸含有物は、食物中に野菜がない場合に比し、多量の野菜を含む場合には、はるか迅速に運行するものであり、かくしてかなり多量の水分が吸収を免れるのである。したがって、腸によって排泄せられる水の分量は、乾燥せる糞便の重さと共に、野菜食に伴って増加するわけである。混合食の場合においては、約35グラムの乾性物質及び100グラムの水が、毎日糞便に混じて排泄せられるが、野菜食の場合においては、その分量はそれぞれ75グラム及び260グラムである」云々。

前述のごとく、著名な科学者や有名な医師は、食物が不消化性粗質物を充分に含んでいることの重要性を我々に挙示しているのであるが、幾多の思慮ある歯科医及び眼科医もまた、彼らの処理する疾患状態は、多くの場合、慢性腸停滞及びこれに伴う自家中毒症によって招来せられるものであり、かつ、歯及び眼の疾患状態は、粗質の不消化性腸刺激物を豊富に含む食物を賢明に選択することによって、しばしば最も良く矯正し得べきことを把得している。例えば、著名な米国の歯科医ケー・エッチ・トーマ博士は、その名著『歯、食物及び健康』【1933年公刊】の173頁において次のごとく語っている。

「排泄が即時に、かつ完全に起こらざる限り、細菌性分解が起こることは言うまでもない。排泄渋滞の理由は、器官性状態にあることもあるし、あるいは一日少なくとも一回の規則的便通という習慣を助長すべき訓練が欠如しているためであることもある。しかしながら、一般に摂食上の継続的錯誤ということが、慢性便秘を招来すべき重大な要因である。あまりに濃縮化し、純良化し、柔軟化し、ほとんど予め消化してしまっている食物を摂取することは、我々の食物上におけるもっとも重大な欠陥のひとつである。牛乳、卵、砂糖、麩(胚芽、糠)を除きたる白小麦粉及び、あまりに調理せるため繊維素を破壊された野菜や果物などは、その一例である。

かような食物を摂取すれば、ほとんどすべてのものが吸収せられて、腸の含有物に充分な嵩(かさ)を加うべき不用物は残されない。したがって、排泄は、長き時間を経過した後、初めて起こり、食物の残滓は腸管の壁に詰まってしまう。残滓物がかように長く滞留していると、ここに細菌が毒性物質を生成すべき機会が発生する。これは、たんぱく性食物が優越しているときにおいて、なおさら、しかりと言うことができる」云々。

(続く)

(月刊『西式』第2巻 第3号(昭和13年=1938年5月15日発行)より再掲載)

 

                  自然の食物(第10回)      

                                西  勝 造

この他、経験ある権威者等の学説報文を引用しようと思えばいくらでもあるが、ここではこれを差し控えることとしたい。しかしながら、これまでに示した証拠に徴するならば、いかに懐疑的な人々であっても、幾多の広告が、消化だ、吸収だ、食欲増進だ、等々と世人に推奨しているような似非文化的の食物 —— すなわち著しく濃縮され、かつ、はなはだしく精製され過ぎた上に、上等の白砂糖で料理された食物 —— によって生命を支うることが、いかに愚かしく、かつ、いかに自殺的であるかを諒解するであろう。若干の宣伝第一主義の消化剤や食料品が、自然な完全なる溶解性と消化性とをもっているという事実は、責任ある推奨ではなくて、我々を罪に落とすものである。

幾多の権威者は、先にも述べたるがごとく、不消化性粗質物を豊富に含む食物の摂取を推奨しているが、これは決して諸人を説服するに足らぬような単なる学問上の根拠に立つものではなくて、その、実際に患者を処置して得たる体験に即するものである。それ等の病例をここに引用することは紙数の都合上さし控えたい。しかし私は、ここに『英国医学雑誌』1926年11月6日号に載せられた注目すべき論文を紹介しておきたいと思う。それは、エッチ・ディー・ローレンス博士が『良き食物と悪しき食物』と題して発表した論文である。博士は次のごとき興味深い事実を語っている。

「糖尿病患者に対する標準的な食事は、今日一般に行われているような悪しき食物、すなわちその大部分が柔らかく濃縮化している炭水化物性食物、例えばパンのごとく小腸内において完全に吸収せられる食物と、正反対のものでなければならぬ。他方において糖尿病患者の標準食餌は、主として腸内に多量の残滓を残す嵩の大きな野菜より成り、その他に消化管をそのまま通過するブラン(小麦ふすま=胚芽)、ビスケット、あるいは寒天ゼリーのごとき副食物が食欲促成物として添加せられることが多い。

典型的な糖尿病患者の標準食餌を採用したる後においては、消化障害を見出すことは極めて稀有である。かかる変化は、患者が糖尿病の発生前多年にわたって、消化不良または宿便すなわち慢性便秘に悩まされており、したがって、その症状が糖尿病に所因するものではなかった場合には、最も顕著である。かくして患者は、短期間を経過するうちに、何でも食べられ、粗き嵩張れる野菜類及び腹にもたれる肉などを食べられるようになるのである。かかる食物は、従来消化不良を起こしていたのであるが、もはや何等の障害も起こさないようになる。患者の食欲も著しく良くなり、従来よりもはるかに嵩の多い食物を何等の差しさわりも感ぜず、かつこれを賞味しつつ摂取するようになるのが通例である。かかる患者は、少なくとも、毎日1ポンド(約450g)の野菜を摂取する者が多い。朝食に15グラムの炭水化物を許容せられた私の患者の一人は、これを全部野菜として摂取せんと言い張り、朝食にベーコン及び卵と共に、18オンス(およそ500g)のキャベツを食べたのであった。私は、一生涯の便秘といえども、かかる食物に対抗し得た例を見たことがない。

かかる消化力の改善は、果たして食物の単なる嵩によるものであろうか、あるいはその豊富なビタミン、ことにビタミンBの含有によるものであろうか、これは容易に決し難き問題であろうと思う。ビタミンBの欠乏は、従来、腸無力症【虚弱】の原因をなすものであるとせられている。私は前者の見解をとりたいと思う。それと言うのも、多くの激しい糖尿病患者は何ら新鮮な果物を与えられず、しかも冬季になると、その摂取する野菜は事実上すべて調理せられているが、しかし、別に腸麻痺の徴候に冒されることはないからである。

糖尿病患者の消化力を改善すべき他の能因は、その食物の総カロリーの減少である。かくすれば、代謝は食傷に苦しむことがないようになるのである。思うに、消化器官は、これに給与せられるものが少ないときには、その少量のものを最も良く活用するらしく考えられる。

それはともかくとして、糖尿病患者の標準食餌は、正常な人にも有利に適用し得べき若干の要点を持っているようである」云々。

食物中の粗質物が我々人類にとって、極めて必要欠くべからざるものであることは、信ずべき方法による動物実験によって立証せられている。

ハーバード大学、歯科研究主席助教授ハウィー博士は、1926年、アルブスナット・レーン卿に書信を寄せ、次のごとく語っている。

「私は、種々なる食物を給与せる猿及びその他の動物の屍体解剖に際して、私の看取せる事実が貴下の公表せられたる意見とあまりにもしばしば合致せることを知り、この書信を貴下に送らんとするものであります。

貴下は、食物の不消化性残滓の重要性につき記述せられております。私は、貴下が、この食物要素においてのみ異なる食物を給与せられたる猿の消化管の若干に付き、観察せられることを切望いたすものであります。私は、かかる観察が貴下の提唱せられる一切のことにつき、研究所的確認を提唱するであろうと存じます。我々は『粗質物』に対し、並みならぬ注意を払ってきたものであります。それと言うのも、粗質物なくしては、動物は疾患に感染し、あるいは疾病に捉われるからであります。

繊維素の効果は、はなはだ顕著なるものがあります。これを給与せられる動物の光沢ある外皮、その活動性及びその一般的構成は、極めて明白であります。

屍体解剖の示すところによれば、かかる動物の消化管は清浄であり、筋肉緊張力及び腸壁は驚異的に健全であります。ハーバードの医科大学においては、今日あらゆる屍体解剖が行われておりますが、私は病理学者が解剖器具を置いて三嘆し(深く感心するの意)、『この管腔や内部器官の申し分ない状態をちょっと見てください』と語るのを聴いております。

他方において多量の粗質を給与せられない動物は、その腸が無力性であり ― しばしば粘液及び粘質物をもって覆われ ― 小腸の潰瘍のみならず結腸の潰瘍も暴露しております。その粘膜は肥厚し、半ば変質されております。顕微鏡的検査によりますと、腸絨毛の細胞が粘液を含んでいることが知られます。かかる腸壁内においては正常な消化は行われません。かつ、腸は消化せられた食物が体内全般に入るべき門戸である以上、かかる動物の一般的外観は、我々の予想するがごときであります。

その毛は粗くかつ脱落し、不活発であり、かつ生理学的変質の一切の示徴を現しております。その歯は朽敗し、あるいは緩んで脱落し、骨は軟化し、一般的障害に伴う幾多の臨床的徴候は、すべてあまりにも明白であります。かかる動物は、こうした食物 ― その他の点において、いかに優れたものであっても ― によって生命を支うることはできないでありましょう。これは、貴下のご意見の若干を裏書きすべき僅少な研究室内的実証を成すものに過ぎません」云々。

(続く)

(月刊『西式』第2巻 第5号(昭和13年=1938年7月15日発行)より再掲載)

                 自然の食物(第11回)      

                           西  勝 造

不消化性物質、粗質物が腸の調整剤として必要であるという事実は、すべての家畜飼養家の熟知するところである。馬、牛、豚、猿、兎、鼠及びその他数多の動物は、文化人の常用する食物、すなわち完全な溶解性及び消化性をもつ柔らかな食物によって飼育せられる場合には、便秘、自家中毒症及びその結果のためにみじめに死亡するのである。犬や猫を、精製食物のみによって飼育すると、草、羊毛、羽毛、鳥、鼠、ハツカ鼠等【骨、皮及び一切のもの】をやたらに食べて、生命に必須な粗質性を得ようとするであろう。

従って、化学者や栄養学者の推奨する超消化性食物なるものはむしろ不消化性であり、これに対していわゆる不消化性食物なるものの方が消化性があると言えよう。ダブリュー・エム・トッド博士の名著『飼育に関する示唆』【1924年公刊】の208頁及び220頁には、草食性の豚に関し、その内部経済【代謝】が人体のものと類似していると記述せられている。

『豚は腸の健全な作用を保持し、秘結(便秘=東洋医学用語)を防止するため、若干量の繊維性または不消化性物質を必要としている。

豚に対し、水または牛乳を混(こん)じた食物を無制限に与え、しかもこれを流動性状態として、咀嚼せずに嚥下し得るようにすると、食物が浪費せられることは確かである。それと言うのも、かかる食物のかなりな部分は、消化せられずして豚の体内を流下してしまうからである。食物を乾性状態にして給与し、豚が徐々にこれを食べ、食物を咀嚼し、水槽へしばしば通って水を飲むようにすると、豚は過食せず、食物も、より完全に消化せられるのである。

野菜食の場合には、事態は自ずから異なっている。豚は決して野菜を過食することはないらしい。野菜食の重要な機能のひとつは、実際的見地よりすれば、豚を飽満させるにある。それというのも、豚に濃縮化せられた食物を与えると、たとえこれを適量に摂取した後でも、なお飢えを訴えるからである。

腸の健全な作用を維持するためには、消化せられざる繊維性物質を若干摂ることが必要である。豚が豚小屋に閉じ込められ、野菜を以って規則的に飼育せられざる場合においては、その食物に混じて、かかる繊維性物質を給与しなければならぬ。粗粉または麩は、この目的に適合せる物質である』云々。

粗質物は、例えば粗雑な野菜、篩わない小麦製パンの一部分をなす麩、リンゴの皮、芯及び種子等に含まれた繊維素という木質性物質は、単に腸を刺激して活動させるばかりでなく、さらにまた毒物吸収材または毒物中和剤としても働くのである。エッチ・エー・プリムマー教授は『医師と栄養学―若干の一般原理』と題する論文を「開業医」1936年3月号誌上に発表し、その中で次のごとく語っている。

『ビタミンBの欠如の場合には、鳥は腸管内における食物の停滞に悩まされる。かくして腐敗が起こり、種々なる毒素が生成される。繊維素は染料及びその他の化学的物質の優良な吸収材である。したがって、これは便秘期に生成せられる毒物の吸収材として働き、その有害な作用を阻止するものである。そのために陶器用粘土及び木炭【チャーコール】が用いられているが、これは毒素の溶解剤となるものである。いずれの場合においても毒素は除外せられて、それが血液中に吸収せられるのを阻止せられるのである。

ビタミンBを充分に含む食物の場合には、粗質物は不必要であるように思われるが、しかし、ビタミンBを欠く食物の場合においては。粗質物は便秘より生ずる毒物の吸収剤として働き、かつ循環中への毒物の侵入を阻止するのである。

木炭【チャーコール】及び白墨【チョーク】の有益な作用についても、同じような解釈が与えられる。これ等のものは豚を飼育する際にしばしば用いられている。粗質物は、なおまた腸壁に沿うて不浸透性物質の層を形成し、毒物の吸収を防止するのに役立つのである】云々。

最も賢明な医師の一人であった故ローダー・ブラントン卿は『オールバット医学体系』【1897年公刊】の第3巻、696頁において次のごとく語っている。

『便秘は、文化生活に伴う最も通例的な疾患の一つである。便秘は、他の点では完全に健康であるような人々にも、しばしば起こるものである。したがって、これは大なる程度において疾患と見なすべきではなく、健康な身体に働きかくる人為的状態の自然的結果と見なすべきである。

食物の不消化性残滓は、機械的または化学的刺激を起こし、これによって腸の運行に対し自然な刺衝が提供せられる。未開人の生活にあっては、かかる刺衝(ししょう)も豊富である。それと言うのも、食物は、その性質において粗雑であるばかりでなく、調理も不完全だからである。文化生活においては、不消化性部分は調理によって著しく柔化せられるため、腸に対して同様な刺激性作用を与えることができない。不消化性物質、粗質物が腸の調整剤として必要であるという事実は、すべての家畜飼養家の熟知するところである。馬、牛、豚、猿、兎、鼠及びその他数多の動物は、文化人の常用する食物、すなわち完全な溶解性及び消化性をもつ柔らかな食物によって飼育せられる場合には、便秘、自家中毒症及びその結果のためにみじめに死亡するのである。犬や猫を、精製食物のみによって飼育すると、草、羊毛、羽毛、鳥、鼠、ハツカ鼠等【骨、皮及び一切のもの】をやたらに食べて、生命に必須な粗質性を得ようとするであろう。

従って、化学者や栄養学者の推奨する超消化性食物なるものはむしろ不消化性であり、これに対していわゆる不消化性食物なるものの方が消化性があると言えよう。

(続く)

(                                  月刊『西式』第2巻 第5号(昭和13年=1938年7月15日発行)より再掲載)

                                                                    自然の食物(第12回)     

                                                                                            西  勝 造

ダブリュー・エム・トッド博士の名著『飼育に関する示唆』【1924年公刊】の208頁及び220頁には、草食性の豚に関し、その内部経済【代謝】が人体のものと類似していると記述せられている。

『豚は腸の健全な作用を保持し、秘結(便秘=東洋医学用語)を防止するため、若干量の繊維性または不消化性物質を必要としている。
豚に対し、水または牛乳を混(こん)じた食物を無制限に与え、しかもこれを流動性状態として、咀嚼せずに嚥下し得るようにすると、食物が浪費せられることは確かである。それと言うのも、かかる食物のかなりな部分は、消化せられずして豚の体内を流下してしまうからである。食物を乾性状態にして給与し、豚が徐々にこれを食べ、食物を咀嚼し、水槽へしばしば通って水を飲むようにすると、豚は過食せず、食物も、より完全に消化せられるのである。

野菜食の場合には、事態は自ずから異なっている。豚は決して野菜を過食することはないらしい。野菜食の重要な機能のひとつは、実際的見地よりすれば、豚を飽満させるにある。それというのも、豚に濃縮化せられた食物を与えると、たとえこれを適量に摂取した後でも、なお飢えを訴えるからである。

腸の健全な作用を維持するためには、消化せられざる繊維性物質を若干摂ることが必要である。豚が豚小屋に閉じ込められ、野菜を以って規則的に飼育せられざる場合においては、その食物に混じて、かかる繊維性物質を給与しなければならぬ。粗粉または麩は、この目的に適合せる物質である』云々。

粗質物は、例えば粗雑な野菜、篩わない小麦製パンの一部分をなす麩、リンゴの皮、芯及び種子等に含まれた繊維素という木質性物質は、単に腸を刺激して活動させるばかりでなく、さらにまた毒物吸収材または毒物中和剤としても働くのである。エッチ・エー・プリムマー教授は『医師と栄養学―若干の一般原理』と題する論文を「開業医」1936年3月号誌上に発表し、その中で次のごとく語っている。

『ビタミンBの欠如の場合には、鳥は腸管内における食物の停滞に悩まされる。かくして腐敗が起こり、種々なる毒素が生成される。繊維素は染料及びその他の化学的物質の優良な吸収材である。したがって、これは便秘期に生成せられる毒物の吸収材として働き、その有害な作用を阻止するものである。そのために陶器用粘土及び木炭【チャーコール】が用いられているが、これは毒素の溶解剤となるものである。いずれの場合においても毒素は除外せられて、それが血液中に吸収せられるのを阻止せられるのである。

ビタミンBを充分に含む食物の場合には、粗質物は不必要であるように思われるが、しかし、ビタミンBを欠く食物の場合においては。粗質物は便秘より生ずる毒物の吸収剤として働き、かつ循環中への毒物の侵入を阻止するのである。

木炭【チャーコール】及び白墨【チョーク】の有益な作用についても、同じような解釈が与えられる。これ等のものは豚を飼育する際にしばしば用いられている。粗質物は、なおまた腸壁に沿うて不浸透性物質の層を形成し、毒物の吸収を防止するのに役立つのである】云々。

最も賢明な医師の一人であった故ローダー・ブラントン卿は『オールバット医学体系』【1897年公刊】の第3巻、696頁において次のごとく語っている。

『便秘は、文化生活に伴う最も通例的な疾患の一つである。便秘は、他の点では完全に健康であるような人々にも、しばしば起こるものである。したがって、これは大なる程度において疾患と見なすべきではなく、健康な身体に働きかくる人為的状態の自然的結果と見なすべきである。

食物の不消化性残滓は、機械的または化学的刺激を起こし、これによって腸の運行に対し自然な刺衝が提供せられる。未開人の生活にあっては、かかる刺衝(ししょう)も豊富である。それと言うのも、食物は、その性質において粗雑であるばかりでなく、調理も不完全だからである。文化生活においては、不消化性部分は調理によって著しく柔化せられるため、腸に対して同様な刺激性作用を与えることができない。もっとも、かかる柔軟化さえなければ、もちろん、こうした作用を与えるであろう。かくのごとく、未開世界においては、食物の重大要素をなす全ての種類の穀物は、搗き砕き(つきくだき)あるいは圧し砕かれる(おしくだかれる)。かくして、これは砂や塵を自由に混(こん)じたまま、菓子とせられ、別にそれ以上の調理を加えられずに煮られるのである。しかしながら、著しく文化的な社会においては、事態はまったくこれと異なっている。それと言うのも、小麦またはその他穀物の外側部分は、その部分が取り除かれ、その内部に含有せられた純良なでんぷんのみを用いてパンが造られるからである。かかる純良なでんぷんは、腸内において完全に消化せられ、腸を刺激すべきものはほとんど、あるいは全然残されない。

これに反して、穀物の外側部分は硬き繊維素によって構成せられているので、ほとんど不消化性であり、極めて僅少な変化を受けるのみで、全腸を通過する。人々が純良な小麦粉製パンのみに食物を局限せず、篩わぬ小麦粉または麩で造った粗製パンに代えるならば、従来便秘していた腸も規則的に運行してくることが多い』云々。

(続く)

(月刊『西式』第2巻 第5号(昭和13年=1938年7月15日発行)より再掲載)

                                     自然の食物(第13回) 最終回    

                                                                    西  勝 造

同氏はさらにその著『同化消化等の障害』【1904年公刊】の226頁及び227頁に次のごとく語っている。

『未開社会の人々の摂取している食物は、いずれかと言えば硬くて、しかも概して調理が不完全であるばかりでなく、かなりな量の不消化残滓物を残すような食物である。我々は学校時代においてシーザー及びその軍隊が、小さい手動輾割器(ひき臼)と、大麦または小麦の袋を携えて戦地に乗り出したことを必ず読んだことがあるに違いない。かくして、大麦または小麦は手動輾割器に入れられ、粗く搗(つ)かれたのであった。かくのごとく穀物は不完全に挽き割られて、兵士の摂取するところとなったわけである。

今日の未開社会においては、穀物は単に搗き砕かれるのみである。しかしながら、文化社会においては、我々は穀物を極めて純良に挽きつくすのみでならず、穀物の内部を構成するでんぷんを、その外側の不消化性部分と分離すべき製粉工場を具備している。かくして、我々は機械の完備によって、穀物の重要な構成部分を除去していることになる。かかる部分は腸内に不分解性残滓物を残し、腸の蠕動作用に対して機械的刺激物として働くべきものである。

果物及び野菜についてもまた同様である。我々は、これを、その生の状態で摂食せずに、良く調理して摂取するのが慣わしである。すなわち、何らかの不消化性部分が、野菜または果物の中に所在していると、これ等の物は通例取り除かれるのである。

したがって、柔らかき食物は便秘の第一義的原因の一つである。便秘を処置せんとするに際し、我々の取るべき第一次手段の一つは、患者をして、未開人が平常生活しつつある状態に復帰させることにある。我々は患者に対し、篩わぬ麦粉または多少とも麩を混合する麦粉で造ったパンを摂取するように訓えなければならない。我々は患者に対し、野菜例えばキャベツ、ほうれん草、花野菜(カリフラワー)、子持ち玉菜(芽キャベツ)、にんじん、かぶ、アメリカ防風(白にんじん)、等を調理して十分に摂取し、あるいはトマト及びセロリーのごときものを生のまま、もしくは、調理して摂取するように訓えねばならない。』云々。

たとえ、多数の栄養学者が粗質物はまったく不溶解性であり、かつ、不消化性であるから何等の価値もなく、しかも消化管を刺激するものだと、我々に語るとしても、我々は決して粗質物を軽侮してはならない。体験は学説の顕示よりもはるかに優れた指導者である。

私はここに一つの事例を示して「粗質物」【roughage】の重要性を挙示したいと思う。これは大規模に行われたはなはだ注目すべき実験である。

レニングラード地区の米国救済局医務部の前部長ダブリュー・ホースレー・ガント博士はソビエト・ロシアの『医学研究』その第四報告書『疾患の形態及び発生数の変化』【英国医学雑誌1926年10月23日号、英訳文転載】と題し、次のごとく記述された一文がある。

『宿便保留すなわち慢性便秘は食物の粗質性によってほとんど消滅した。痔瘻も絶滅した。胃腸管のカタル性及び炎症性状態の多数は、著しく減少した【胃炎、慢性腸カタル、慢性結腸炎、虫様突起炎】1914年より1917年にわたる期間において虫様突起炎の発生数はほとんど変化がなかった【2.3%】しかしながら、1918年には、これは0.8%に減じ、1919年にはさらに0.01%となった。胆汁管 ―胆のう炎及び胆石症― は1914年の4.7%から漸減して1917年に4%に減少し、1918年には急激に1%、さらに1919年には0.8%に減少した。』云々。

神が巧妙に食物に混じ給える粗質物、ビタミン及び鉱物性要素、すなわち我々が当然食物と共に摂取すべきものを、もしも、ことごとく剥奪せられてしまえば、その人々が繫栄しえないのは、あえて異とするに足らない。

文化人は、その厚生に必須な粗質物、ビタミン及び鉱物性要素を剥奪せられているばかりでなく、最も自然な、かつ、もっとも、緊要な飲み物たる生水をも奪われている。我々の身体は主として水より成っている。我々は食物を精錬すべき驚異的な液汁を生成するために、莫大な容量の水を必要とするものである。それと言うのも、バケツ一杯の唾液、胃液、膵液、胆汁及び腸液は、他の方法をもってしては消化しえぬ食物、すなわちそれでは役に立たぬ食物を処理するために、分泌せられているからである。

しかのみならず、我々の系統は、水をもって洗滌(せんでき=洗浄と同意)し、かつ、清掃せねばならぬものである。さらに、我々が呼吸、汗、尿及び糞便を通して毎日消失する多量の溶液を補充しなければならない。人類の最も自然な飲み物の代わりに高価な代用物を提供する人々は、自己の利益に駆られて、我々が生水を飲むことを脅かしている。世の中には、一年中コップ一杯の水すら飲むことをしない人々が多い。そして始終、疾病に脅かされているのである。これ等の人々は水は不健全であると教えられて、それをかたく信じて疑わず、水には病菌が多く含まれているものと深く恐れている。また、ある人々は、水を飲むには飲むが、これを煮沸し、あるいは蒸留し、もしくは氷を入れてかえって有害なものとして飲んでいる。我々が充分な水を飲まなければ、我々は当然、水分飢餓に悩まねばならない。しかし、体内はある程度までこれに慣れて、しまいには、もはや渇きを感じないようになることが少なくない。そうなると我々の身体は、いずれにしても、どこか障害を起こしてくるのである。

水によって身体の求むるものは、洗滌と清浄と中和である。もしこれが充分に行われないと、濃縮せる刺激性の尿を生じて腎臓が傷害せられる。かくして身体は能うる限り生水を節約するようになるのである。腸は水に欠乏し、糞便は乾いて固くなり、ついに排泄は行われなくなり、宿便を堆積し、腸は拡大と狭窄とを形成し、その機能は虚弱化せられ、その結果は多くの腸麻痺を生じ、腸捻転、腸閉塞を起こし、次いで脳髄に影響し、ために大脳地域の運動中枢神経、なかんずく、四肢の主宰神経に障害をきたし、これよりして他の器官に波及し、種々雑多の疾病となって現れるのである。

要するに、我々文明人は、食物のみならず、種々の生活条件において、余りにも自然から遠ざかる危険が多い。しかし、社会生活上、未開人と同じような食物ばかりを摂ろうとしても、それはもちろん困難である。それゆえに食物の点でも、なるべく自然の食物を摂るように努め、その他、やはりなるべく合理的な生活法をするように心がけることが肝要である。

それがすなわち西式健康法であって、平牀、硬枕、金魚運動、毛管運動、合掌合蹠、左右揺振と腹部の運動、その他、裸体療法、温冷浴等々を励行し、なお、簡便な方法としては傷を治す力のある下剤、すなわちクリマグ(現在の製品名は「スイマグ・エース」)を毎日少量ずつ服用することである。

食物の問題については、この他、色彩学をはじめ十指に余る幾多の問題があり、これを全部まとめれば、実に厖大浩瀚(ぼうだいこうかん=「一冊では現せないほどの内容」の意)なる一書をなすに至るのであるが、それ等のものについてはいずれ稿を改めて発表することとしたい。

―(完)―

 

 

 

 

 

 

 

 

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