西式健康法

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自然の食物

約18分

                         月刊原稿再掲載

 ここに掲載する内容は、月刊『西式』第一巻 第十二号(昭和13=1938年2月15日発行)に掲載された、学祖西勝造先生の原稿を再掲載したものです。なお、多くの現代人にとって判読が困難と思われる旧字体、旧仮名遣いは、原文の雰囲気を損なわない程度に、現代の標準的な文字、仮名遣いに改めております。ご了承ください。

また、原文におけるカッコ注釈は【  】で、再掲載に当たっての注釈は(  )としております。

 

(月刊『西式』第1巻 第12号(昭和13年=1938年2月15日発行)より再掲載)

                   自 然 の 食 物(第1回)                        

                                                                                                      西 勝造

『いかなる動物も、純粋なたんぱく、脂肪及び炭水化物の混合物だけによって生命を保つということは出来ない。しかのみならず、必要な無機物質を慎重に供給する時でさえも、なお、動物は繁殖することはできない。動物の身体は植物性組織または他の動物の組織によって生命を保つように調整せられており、かかる組織はたんぱく、炭水化物及び脂肪以外に無数の物質を含有している。』

                                                                                              ゴーランド・ホプキンス

 

テトラパシー誌 第六巻 第四号より第七号まで連載せる拙稿「消化の理解」すなわち「消化及び分泌の機構とその構成、破壊と結果」中において、私は宿便すなわち慢性腸停滞と及び自家中毒症の主因四つについて、これを簡約して述べておいた。

第一に挙げたのは、文化の食物であった。すなわち極端に調理せられ、はなはだしく濃縮化されたところの柔らかい、腸内に梗塞する性質の食料品よりなる不正食物であって、これは著しく宿便保留すなわち慢性便停滞を招来するものである。しかも、腸内に充満し、かつこれを刺激して活動せしむべき不消化性粗質物は注意深く食物から除外されている。

捉え難き貴重なビタミン及び鉱物性要素は、調理過多によって我々の食物から摘取せられている。かくして、我々の消化及び排泄器官は、これによって全く虚弱化せられ、かつ、変質化せられるので、はなはだ悲惨な結果を見るのである。

拙著「闘病の秘訣」その他において詳しく指摘したごとく、ビタミンは我々の栄養上において極めて重要なる役割を演ずるものである。ところが文化人の間においては食物を精製し、かつこれを調理し過ぎるため、不幸にもビタミン飢餓が普遍化しており、これが幾多の疾患を招来し、身体を著しき程度に虚弱化するため、我々はすべての変質性疾患、なかんずく、癌に侵され易くなるのである。

私は別稿「ビタミンと食物」中において、賢明なる真価ある栄養の最大重要性につき詳述し、我々を冒す疾患の大多数は、まず第一に不正食すなわち人工的に精製したる食物より起こるものであって、この不正食は便秘及び自家中毒症を介し、文化人を悩ます障害及び疾患の約九割が、これに原因することを教示している。

文化は、その責任を負うべき幾多のものを持っている。我々は我々の口蓋及び眼を楽しましめることを主眼として食物を選択している。我々は他の多くのことを考慮に入れずに、我々の味覚を細心に養成し、かくして我々の消化と排泄、我々の歯と眼、我々の肝臓と肺臓等を破滅させ、我々自身を限りなき惨めさ、慢性不具性及び痛ましき夭折に巻き込んでいる。

私は一般の栄養については、別稿「ビタミンと食物」中に論究し、かつ近刊「癌とその予防」書中においても、これを詳述する予定なので、ここではそれを詳述するのは無益であろうと思う。

本稿は単に「自然の食物」上より見たる不正食による宿便保留すなわち慢性腸停滞及び自家中毒を主題とせるものであるから、私は本編においては腸の直接にかつ格別に傷害すべき重大なる栄養上の欠陥を取り扱うに止めたい。

我々に奇跡的な体を与え、かつこれを扶養するため奇跡的に完全なる食物を与え給うた神々を、軽侮せるところの浅見なる化学者達は、ここ数十年来、改善し能わざる自然の作物を改善し、我々に科学的食物を提供せんとこれ努め、幾年来、我々の食物を間違った方面へと導いてしまっている。

これ等の化学者達は、自然界より視るときは粗雑極まる不体裁な、全く頼りにならぬ道具を用いて、人体の組織と器官あるいは我々の食物中に自然に含有せる諸種の栄養要素を分析せんと試みている。しかして、我々に語って曰く、人体はかくかくの化学的要素によって構成されており、我々は科学的に測定し得べき定量の熱量を消費するものである。

従って、我々はそれだけのカロリーをもって、これを補給しなければならぬ。我々が最も科学的にその補給をなさんとするには、毎日、これだけのグラム量のたんぱく、脂肪及び炭水化物等を消費すればよいと言う。

文化人は愚かにも、研究室内に立て籠もれる化学者を、その自称的価値においてそのままそれを信じて受け容れている。栄養料理とか科学的料理法の著者は、何々栄養博士とか何々栄養科学研究所長とか、その他の人々の唱うる科学的栄養の福音を広めるに忙しいのが欧米現在の有様である。かくして、文化人はカロリーについての訓令を厳正に守って、「科学的」にたんぱく、脂肪、炭水化物等を摂取している。

その結果文化人は、消化管や排泄器官に色々の傷害を被り、これ等の器官の変質に痛く悩まされ、そしてついに癌に罹ったり、血圧を亢進せしめたり、腎臓病、心臓病、脳溢血等に襲われたり、種々の疾病に悩まされるようになり、ついに「人は病の器」だと歎声(溜息)を漏らすに至るのである。

文化人は概して骨格が虚弱であり、歯も欠陥を暴露しており、完全な歯というものを持っておらず、歯齦(しぎん=歯茎、歯肉)は疾患に冒され、扁桃腺は腐敗し、消化機能を障害せられて大腸内におびただしき宿便を保留するようになり、これに所因する幾多の疾患に悩まされている。

これに反して、自然のうちにあって生活せる動物及び未開人は、ほとんど常に強健な骨格を有し、歯も完全であり、歯齦も健全であって、消化機能に欠陥はなく、排泄器官もまた同じように何らの欠陥も持っていない。未開人と文化人とは、全く異なった二組の疾患に冒されて死亡している。

未開人は不潔性疾患、身体の露出、窮乏、猛獣毒蛇の害悪と自然界の暴力等のために死亡しているが、我々は、それらの死因はほとんど排除して免れているのである。未開人は概して突然にほとんど疼痛を感ぜずして死亡するのが通例である。

我々文化人は、未開人の間にほとんど見ない変質性慢性疾患に冒され、また主として消化剤と称する種々の溶解剤による不正栄養摂取にわざわいされて多量の宿便を結腸内に停滞せし め、いわゆる慢性便秘と自家中毒症に伴う疾患によって、徐々に苦しめられて苦痛と懊悩(悩みもだえること)とに煩悶しつつ、食欲不振を託ちながら(言い訳にして)、ついにこの世を呪いつつ生きながらえようと急り(あせり)に焦って、ついには死亡するのである。

化学者は、人類に対し計り知られざる傷害を加えている。化学者は恐らく世界大戦(第一次世界大戦)中の死亡者よりも多数の人々を破滅させているであろう。欧米における、いわゆる栄養学者と称する人々の提唱する科学的栄養物なるものは、健全な種族を冒す毒物であって、少なくとも黴毒(梅毒)に劣らざる害悪性を有している。

(続く)

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

(月刊『西式』第1巻 第12号(昭和13年=1938年2月15日発行)より再掲載)

                                                               自 然 の 食 物(第2回)                         

                                       西 勝造

ところで、この黴毒なるものは、畢竟(ひっきょう=つまり、結局)、少数の人々を悩ますに過ぎないが、科学者と称する人々の流す害悪は、到底これと比較出来ぬほど、広範かつ多大である。文化人の身体が退化していることに鑑みる時、我々は次のことを事実として認めざるを得ない。

すなわち今日、我々は世界の端からも広く食品を集めことができるし、極貧の乞食でさえも、昔のローマの帝王に比べれば、より豊富な食べ物を見つけ出し得る現状であるくせに、実際上からいうと、今日ほど人類が貧しき栄養を摂取していることはないのである。もっとも、我々の舌はあらゆる風土の著名産物を味わってはいるが、真の栄養という問題と、これとはまったく別個の話である。

欧米を模倣する栄養学者は  ——  西式による栄養学者は洋の東西、古今の医学を包含しているのでおのずと異なるが —— 自ら進むべき路を迷い、かつ我々同胞をも迷わしめている。これ等の学者は、我々に常識を教えずして、いわゆる科学と称するものを、すこぶる勿体付けて語るのである。

これ等の学者は、自己の浅見に捉われて驚嘆すべき神秘的な身体を、あたかもがさつな研究室用具として取り扱い、あたかも我々が身体内に微妙な複雑性と効率とを備えた胃腸や、その他の器官のごときものを有せず、単にガラス製の試験官、あるいは他の粗雑な道具を備えているに過ぎぬかのごとく見なしている。

さらに、また、これ等の学者は、自然の神秘的な脅威すべき食料品が、あたかも何らの生命なき少数の化学的成分によって構成せられているかのごとく見なしている。そして、およそ研究室内の容易な常用方法を学んだものであれば、何人でもこれを分析し、これを再構成させ、かつこれを改良し得るかのごとく唱えている。

食料品のいわゆる科学的分析なるものが、我々の栄養指針として誠しやかに提示されている。かくして我々は白米、玄米、半搗米(はんつきまい)、白パン、黒パン、肉、野菜、海藻等の含有するたんぱく、脂肪及び炭水化物等の正確なる割合を知ることができるようになっている。
最近まで、我々の常食物の含有する他の成分は、一括して「灰分」【ash】、という侮辱的な名称が与えられていた。【近刊「食物中の灰分が必要」参照】

我々の常食物中の「灰分」は多数の化学者やその追従者によって、残滓物あるいは不用物と見なされていたのであった。ところが、今日では、その「灰分」が身体に対して測り難き重要性をもつ二十有余の鉱物質成分を含んでいることが明らかにされている。その一つたる石灰は我々の骨と歯を構成するに必要なものであり、燐(リン)は歯の琺瑯質(ほうろうしつ)を構成するために必要であり、かつその不朽を防ぐためにも欠くことを許し得ない。

鉄は我々の血液には欠くべからざるものであり、もしも鉄分が不足すると、貧血症として、多くの若き令嬢たちの容色を台無しにするようになる。極微量のイオヂン(ヨウ素)は重要な甲状腺の機能に対して必要欠くべからざるものである。
しかのみならず、従来軽侮せられてきた灰分には、無くてはならないビタミンも含まれていると言われている。この神秘的な補足し難い物質は、科学的に処理し過ぎた食物からは失われてしまうものである。これ等の事実に鑑みるとき、科学的に栄養を摂れる文化人が、虚弱な骨格、むし歯、貧弱なる血液、変質せる腸管等に苦しめられるのは、当然というべく、かかる欠陥はすべて化学者なるもののお陰でなければならぬ。

博学なる欧米模倣化学者は、我々の必要とする栄養及び食物の成分について、我々を全く誤れる邪道に引き入れている。しかのみならず、これ等の化学者は従来人類を優れた健康状態に保持していた食料品を“改良”したのであった。

化学者は、食料品製造者のお先棒を担いで、コメから銀色を覆(おお)える上皮を剥奪し、小麦から麩(グルテン)や胚芽を除外し、大麦及びその他の穀粒から外皮を取り去り、これを家畜や豚に与えている有様である。

模倣好きな化学者達は、製粉者に有害な薬剤を用いて麦粉を晒すことを教え、肉屋や缶詰屋には有害な保存剤及び染料を用いて、肉を“改善する”ことを教えて、やらせているところもあるという。そして、これらの薬物はすべて“完全にして無害である”と誇称されている。

化学者達は、また、製造業者に対してはバター、ミルク、クリーム、紅茶、コーヒー、砂糖、ぶどう酒、ビール等に人工を加うることを教えている。化学者達は、家庭の主婦に対しては“栄養性”食物から粗質物を注意深く取り去って、これを貯え、そしてソーダ(炭酸ナトリウムのことと思われる)を加えた水をもって野菜を調理し、自製菓子、揑粉(ねりこ=小麦粉に水を入れてこねたもの)菓子、ジャム等に有害な保存剤を加うることを教えている。

化学者達は世界の人々を飢餓に陥れ、世界人を中毒状態に引き入れているのである。化学者達は農夫を貧困に追いやり、ペテン的な食料製造業者や似非丸薬製造業者等の懐を肥やしている。かかる化学者達は、細菌学者の唱うる既知、未知の疾患性細菌よりも、さらに大きな害悪を流しているのである。

小麦とその他の穀物の外皮、リンゴの皮、芯及び種子のごとき粗質物や化学的精製過程中において粗製糖から排除せられる“砂糖の不用分”は、我々の身体の必要とする二十有余の鉱物性要素とビタミンとを異常に豊富に含んでいる。しかもこれ等のものは、我々の食物から取り去られて牛や豚に投げ与えられ、他方において野菜の含有せるビタミンは、家婦が化学者の教えに動かされて、野菜をソーダ等によって調理するため滅殺せられている有様である。

文化人が鉱物質欠乏やビタミン飢餓に悩まされているのも当然であろう。化学者達は、我々から鉱物性要素やビタミンとを奪い去り、その代わりとして、我々に有害な薬剤と保存剤とを与えており、我々は食事毎にこれ等の毒物を知らず識しらずに嚥下している。

若干の化学者の中には、化学は食料品を著しく精錬し、かつこれを濃縮させるであろうから、食事というものは不必要となるべく、時折丸薬を服用するだけで我々の必要とする一切の栄養が得られるようになるであろうなどと、途方もない馬鹿なことを真面目腐って喋々(ちょうちょう)する輩がある。我々の現在摂取している食物の粗質物は必須なビタミン及び鉱物性要素を異常に豊富に含んでいるばかりでなく、これはまた、船で言えば底荷のごとく貴重なものである。

神は我々に、極めて容積の大きな胃と腸とを与え賜うている。この事実は、我々が本来著しく濃縮せる科学的食物によって生を営むように造られてはおらず、むしろ、かさ張った、かつ栄養過剰ならざる自然な食物によって生活するように造られていることを教えるものである。

我々が、不消化性残滓物に富む食物によって、腸を適当に充満させないならば、充満の不充分な腸は麻痺してしまうであろう。科学的に濃縮せられ、完全な消化性と完全な溶解性とをもつ食物とは、我々の体内に停滞して腐敗し、我々を毒するのである。

これ等のものは、宿便すなわち慢性腸停滞に陥り、種々の疾患に冒され、これに伴う危険な結果をつくり出すのである。

(続く)

※注:本書には今日の人権意識に照らして不適切と思われる表現がありますが、時代背景と作品の価値、また著者が故人であることに鑑み、そのままとしました。(編集部)

                                                                  月刊原稿再掲載

 ここに掲載する内容は、月刊『西式』第2巻 第1号(昭和13=1938年3月15日発行)に掲載された、学祖西勝造先生の原稿を再掲載したものです。 なお、多くの現代人にとって判読が困難と思われる旧字体、旧仮名遣いは、原文の雰囲気を損なわない程度に、現代の標準的な文字、仮名遣いに改めております。ご了承ください。

 

(月刊『西式』第2巻 第1号(昭和13年=1938年3月15日発行)より再掲載)
                                             自 然 の 食 物(第3回)
                                                                                                                     西 勝造

ビタミンは我々が健康を保つ上において必要である。化学者が数十年来我々に教えきたったところによれば、人間はたんぱく、炭水化物、脂肪、リポイド(リン脂質、糖脂質等の複合脂質=再掲載注釈)、無機塩類及び水があれば生命を支え得ると唱えていた。化学者たちはこの説を実証しようとして、化学的には純粋なたんぱく、炭水化物、脂肪、その他、いわゆる科学的理想混合食物なる物を造って、実験動物を飼育したのであったが、こういう惨めな取り扱いを受けた動物こそ災難であって、皆ことごとく異様の疾患に冒されて痛ましくも皆死亡した。こうした飼育を受けなかった動物は、事実上「科学的に」飼育せられた不幸な動物よりも長く健やかに生存していた。ゴーランド・ホプキンス卿が初めて行った前述の実験において、科学がこれ程の不名誉をさらけ出したことは、世界史上いまだかつてなかった。(本文冒頭、ホプキンス卿の抜粋文を読まれたし=原文注釈)

それにもかかわらず、救いがたき化学者たちは「栄養価」及び「カロリー」に関する無益な記述をもって、その著書を充たし、その記述は数百、数千ページに及んでいることも少なくない。

ビタミンの発見が我々に教えたところによれば、それは極微少量の、補足し難きもの、更にまた、今日のいわゆる科学的には簡単に確かめ難きものであるが、我々の健康に対して最も潜伏的な影響を与うるものである。化学者たちは研究室の不手際な器具をもってしてはビタミンを遊離し得ないことを覚り、先史人の用いていた遥かに信頼し得べき方法に頼るに至っている。現代の生物化学者は、動物に食物を与え、その結果を観察することによって、食物のビタミンの値を確かめているのである。

ビタミン欠乏は、一般的身体の変質や多種の神秘的な恐るべき疾患を招来するばかりでなく、腸及び胃の重大な変質をも招致するものである。インド医務局の軍医ロバート・マッカリソン大佐は、最も著名な生化学者であり、かつ栄養学及びビタミン学の偉大な専門家であるが、氏は根本的重要性をもつ幾多の発見をなし、欠乏性疾患及び栄養に関連する重要な問題に関し、極めて優れた著書を公刊している。氏はまた、猿についてはなはだ貴重な栄養的実験を行っている。これ等の実験は特に注目を要すべきものである。

それというのも猿は身体及び消化器管の特性において、人類に最も近いからである。我々は氏の名著『欠乏性疾患』(1934年公刊)の210頁及び223頁に次の如く記述されているのを見るのである。

「ビタミン欠乏、またはその供給の不充分な場合には、たんぱく、脂肪、炭水化物または塩類等が、いずれも適当に効用せられ得ない。あるものは多量に浪費せられ、他のものは有機組織の有害な生成物を造り出すというような結果になる。かかる状況のもとにおいても、生命は長かれ短かかれ、支えられていくであろう。しかし、この期間中、身体は生命を支うるためにビタミンの予備貯蔵分を効用し、かつ重要性の少なき組織を犠牲とするのである。

栄養欠乏性及び不均衡性食物に伴って現れる最も初期の病理学的実証の一つは、これを動物について観察してみると、胃腸粘膜の充血である。かかる充血状態は、幼児の場合においては粘液性疾患を招来し、胃腸カタルを起こすはずである。この障害は主として殺菌せる牛乳、人工食、白パン、精白米、粗悪なバター、調理しすぎた野菜及び白砂糖をもって育てられた小児に極めて多い。現在、原因の不明な結腸炎がはなはだ多いということは、ほとんど言うを待たぬところである。慢性の貧血状態、弱い皮膚、しばしば床ずれ、または脂漏を起こす不健全な皮膚、体重の減少、倦怠、背痛、腹部の疝痛、便秘と下痢の交替的発症、粘液便、神経痛(ふつう、婦人患者に多い)は、この治療し難き疾患に伴う周知の特徴である。

ビタミンを欠く食物に伴ってもっとも普通に起こる結果のひとつは、結腸炎である。これは極めて多く見るところであるゆえ、ビタミン欠乏症の主徴として挙示して差し支えないであろう。これはビタミンBのみの欠乏に伴う結果として起こるものであるが、しかし、一般のビタミンを欠乏せる動物においても、しばしば看取せられたのである。この疾患に伴うその他の症状のうち、神経質な便秘症の婦人にみられるものの多数、例えば、貧血症、不健全な皮膚及び体重の減少等は、ビタミン欠乏症の猿について、実験的に再現せられたのであった。結腸炎の婦人患者に極めてしばしば起こる子宮及び卵巣の充血でさえも、これを猿に再現することができたのであった。人間の場合においては、かかる性質の病症は不幸にもはなはだ痼疾性(慢性の意味=再掲載注釈)である

かかる病症のあるものは、幼児時代から栄養欠乏性食物を長く常用せることによって起こったものであることを、余は疑わない。実験による結腸炎の発生は、かかる研究の最も重要な成果の一つであると考えている。将来結腸炎の発生を減少させようと思うならば、どうしても幼児期における栄養上の習癖に注意を払わねばならぬわけである。さもなければ、慢性結腸炎を起こし、どうにも始末に負えぬものとなるのである。

ビタミン欠乏性栄養をもって飼育せる鳩及び猿の起こす組織病理学的変化は、腹部筋肉構造と胃腸管の神経筋肉系統の両者を、その機能の点において同時に傷害するものである。若干の栄養素の欠乏は、すべての筋組織の萎縮のみならず、身体一般の機能障害または神経組織の現実的変質を招来する。腹部筋肉構造を支配する神経要素も、他の筋肉及び神経組織とともに、必然的に悩まされるに違いない。従って、ビタミン欠乏の結果として、究極においては、腹部筋肉構造の作用に欠陥を生ずるであろうと断言して差し支えないのである。
腹壁がかかる機能性欠陥を起こすとともにビタミン飢餓に陥れる鳩、モルモット及び猿は、腸壁それ自体の重大な神経筋肉性傷害の明確な証拠を具示する。

我々は、かかる結果を人体内の腸麻痺の発生に適用しても差し支えあるまいと思う。ことにこうした麻痺状態が、悪性食物を給与せられた戦時の捕虜に実際起こることが多いのを思えば、なおさらである。慢性腸麻痺発生の一因として、我々は種々の均衡及びビタミン含有量の点で標準に達しない人間の食物を、挙げなければならないであろうと思う。貧民階級の小児(しばしば中流階級の小児)の食物がこれらの点において、危険な欠陥をもっていることは疑いを容れざるところである。かかる食物によって幼児時代から育成せられていると、腹部筋肉構造の欠陥、腸の神経筋肉性傷害、粘膜の腺性要素の変質的変化が招来せられるものと考えられるのである」云々。
(続く)

 

 

 

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